終戦
時折、サイクロプスの攻撃を食らいながらも、何とか隙を見つけ出しては“放水”からの“氷柱”でのコンビネーションによって凍結状態に。
これを、繰り返すこと四度。
サイクロプスは今度もまた、氷の殻を破壊した。
しかし、回数を重ねたことで、サイクロプスの体力は最初に比べて大幅に削れている。
それは、僕たちの目から見ても明らかで、死んだ魚のような瞳で虚空を眺め、肩で息をする姿はまさに死に体であった。
サイクロプスの吐いた息は、白い蒸気となって空に消え、止まらない体の震えは凍えるほどの寒さを感じていることを表している。
「いける……勝てる……!」
そう呟いたのは、僕の背後に立つ冬華。
とはいえ、僕も、そして彼女も、体力と魔力の損耗具合では、サイクロプスと同等だ。
つまり、勝利のチャンスでありながら、崖っぷち。
僕らは、どちらかがやられでもしたら一気に瓦解して死に至る。
まあ、ぶっちゃけ僕がやられても、少し時間をおけば戦線復帰は可能なのだが、その間に冬華がやられてどっちみち詰む。
なら、やられる前にやるしかない。
チャンスを掴みとるには!
動きの鈍ったサイクロプスならば、“転移門”の使える僕なら、いくらでも翻弄できる。
そう考えた僕は、すぐさま行動に移す。
まずは“転移門”を顕現。
眼前に黒い大穴が開き、僕は躊躇なく足を踏み入れる。
次の瞬間、目の前にはサイクロプスの横顔があった。
――“液体化”。
一瞬だけ、両腕を液状に変え、渾身の一撃を振るう。
ブォン、という風切り音の後で、乾いた炸裂音が轟く。
サイクロプスは顔面を殴打された勢いで態勢を崩し、勢い余って尻餅をつく。
さっきまでならば、僕の一撃を食らった程度でなら、ここまでの効果はなかった。
しかし、積み上げてきた苦労が報われた。
サイクロプスに蓄積された疲労が、地面を踏みしめるという行為を妨害したのだろう。
僕はその場でサイクロプスを“放水”によって水で濡らし、後退する。
そして、息つく暇もなく、冬華の“氷柱”が飛び出す。
何度も繰り返したこの動作も、今ではもう慣れたもの。
声に出さずとも、流れるような連携で、再びサイクロプスを氷の棺の中へと閉じ込めた。
パキパキと音を立てて、全身が氷に包まれていくその風景は、何度見ても幻想的だ。
怖くもあるが、美しい。
何度も見たいと思ってしまうほどに、綺麗だった。
だが、サイクロプスを相手にすることを天秤にかけるとなると、それはサイクロプスの死に傾く。
一度の戦いで、こう何度も死の危機に陥るというのは恐怖でしかない。
できることなら、今すぐにでも死んで欲しい。
今度こそ、死んでいて欲しい。
僕らは緊張の面持ちで、氷に覆われたサイクロプスを見つめ続ける。
死ぬならば、体が黒い靄になって消えるはずだが、生きているなら徐々に氷が割れていく。
回数を重ねるごとに、氷の割れるまでの時間は増えていっているが、さて、今回はどれくらいか。
まだここら辺をうろつくゴブリンやらコボルトやらを相手にしながら気長に待つ。
「長い……ですね」
十分ほどが経ってからだろうか。
冬華が口を開いた。
緊張からか、沈黙が続いていたが、それも若干ながら解れてきたということかな。
「まあ、大分疲労していたみたいだしね……これは、終わりも見えてきたかもしれないよ」
「ええ、でも、これで終わってくれれば言うことないんですけどね」
少しおちゃらけたように、そんなことはありえないだろうが、というニュアンスの含んだ声で、彼女は言った。
それからひたすら待つこと数分。
パキパキと、氷の砕ける音が僕たちの耳に届いた。
「――やっぱりまだ、ダメか!」
半ば分かっていたことではあるが、正直厳しい。
僕の体力はまだしも、冬華の残り魔力が乏しいのだ。
それを証明するように、彼女の顔は青白く変色していた。
これは、魔力欠乏時の症状に似ている。というか、以前、冬華が魔力欠乏に陥った時と全く同じ。
今はあの時よりかはまだマシではあるようだが、これ以上魔力を使うとなると、危ない。
ならば、ここで僕が一人で!
そう意気込んで、地面を踏みしめたところで、サイクロプスの体が前傾に倒れた。
僕は、驚きで一瞬体が硬直し、足を止めた。
「死んだ……?」
いや、多分まだ死んでない。
僕は自分の心の中で結論を出し、考察する。
体の一部はまだピクピクと動いているし、そもそも黒い靄に変わる兆候が見えない。
死んでいなかった、というのは残念だったが、こうなったら勝ちも同然。
動けないというのなら、僕単身でだって殺すことは簡単だ。
僕は“黒鬼化”によって強化された身体を存分に使い、サイクロプスへ迫った。
しかし、この時僕には慢心があったのだろう。
もう、こいつは動けないと決めつけて、油断していた。
地面に横たえたままのサイクロプスが、僕の体を鷲掴みにした時、ようやく僕は気がついた。
――罠にはめられたのだ、と。
「なっ――くそがッ!!」
悪態を吐くも、もう遅い。
弱っているとはいえ、サイクロプス巨腕は十分に僕を殺すだけの力があった。
口から空気が抜け、骨が軋む音がする。
「ぐっ……もう、だめ……ッ」
死を覚悟した。
視界が霞み、冥界への扉が開きかけたとき、突如、凍えるほどの冷気が僕を現世に呼び戻した。
「……とう、か……?」
詠唱の声は聞こえなかった。
氷の弾丸や氷柱が飛んできた時の衝撃もなかった。
彼女は、ただただとてつもない冷気を、サイクロプスへとぶつけたのだ。
そして、僕を捕まえていたサイクロプスの右腕だけが、ピンポイントで氷像と化した。
今までは出来なかったはずの芸当。
しかしいま、それをやってのけた。
火事場の馬鹿力ってやつだ。
でも、それが僕の命を救った。
サイクロプスの手の中から無事脱出した僕は失った酸素を吸い込もうと、大きく息を吸ったあと、“転移門”を使って後方へ下がる。
だが、もう限界だったのだろう。
サイクロプスの体は、それ以上動く気配はない。
だというのに、突き刺さる、親の仇でも見るかのような、鋭い眼光。押し潰すような重圧感。
もう動けない、九割死体のような魔物に、僕は気圧されていた。
サイクロプスは、地面に伏したまま、僕と冬華を睨みつけ――最後には呆気なく、その生命の灯火を吹き消された。
静かに、静かに、死に絶えたのだ。
凍える夜に静寂が流れ、サイクロプスの死骸は、黒い靄へと消えていった。
僕たちは呆然とそれを眺め、やっと迎えた終戦だというのに、何か腑に落ちない感覚を覚えながら、寒空を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます