作戦実行
「奏くん……もう、体は動きますか?」
冬華は先ほどまでの余裕な表情を引き締めて、僕へと問いかける。
「たぶん大丈夫だ。いまのところ、六割がた回復している。足は引っ張らない程度には休めたよ」
対して僕は、一拍おいて答える。
視線はサイクロプスに向けたまま、緊迫感のこもった声が、僕の口から発せられた。
冬華が僕を守ってくれたおかげでここまで回復に専念することができたわけだが、サイクロプスの方も、僕がつけた傷を気にした様子が見られない。
さっきは――というか、攻撃を受けた時は痛みを感じてうずくまっていたほどだというのに、だ。
そして、サイクロプスに回復系の能力がないのは分かっていた。つまりは、素の回復力が化け物レベルに高い、ということだろう。
「厄介だな……」
僕は思わず呟いた。
サイクロプスという魔物の強力さを再確認し、舌打ちでもしたくなるような気分に陥る。
まあ、ただ……勝てないわけではないが。
そのためには、冬華の協力は必要不可欠。
僕は、視線は動かさないままに、冬華へ話しかける。
「冬華、少しやりたいことがある……手を貸して」
「……わかりました」
僕の考えていることが分かって、承認してくれた……というわけはではないだろう。
しかし、彼女は小さくうなずいて、僕の作戦に耳を傾ける。
◆
サイクロプスに人間の言葉が分かるかどうかは知らないが、万が一ということも考えて、声を最小限に抑えながら、冬華に作戦を伝えた。
その間にも、サイクロプスは僕たちに絶えず睨みきかせていた。
しかし、どういうわけか、あちらから襲いかかってくるような気配はない。
もしかしたら、さっき僕がやったように、自分の攻撃が“転移門”という謎の能力によって自分に返ってくることを恐れているのかもしれない。
となれば、そう簡単に“転移門”は使えなくなるわけだが、それはそれで都合がいい。
サイクロプスから攻めてこないなら、僕たちのペースで戦闘を始められる。
これはチャンスでもある。
僕と冬華は互いに目を見合わせ、一斉にサイクロプスへと手をかざした。
「――“放水”!」
「――““氷柱ピラー”!」
僕は虚空から一条の水砲を、冬華は十の氷柱をサイクロプスへと射出。
当然分かっていたことだが、“放水”の能力による水圧砲はサイクロプスに直撃しながらも傷をつけることは叶わなかった。
そもそも、サイクロプス自体危険がないと判断したのか、避ける動作すら見せなかった。
しかし、それこそが奴の慢心。油断だ。
問題なのは次に放たれた冬華の“氷柱”。
これについては脅威と見たか、サイクロプスは全身が水で濡れた状態で防御の態勢をとった。
その瞬間、僕たちは内心ほくそ笑んだ。
僕らも、これが必要となるほどの相手が居なかったがために最近はあまり使っていなかった手だが……【氷魔術】は、水に触れるとその効果を増幅する、というもの。
これが、全身に水を被ったサイクロプスには実に有効だった。
体に氷柱が触れた途端、冷気がサイクロプスの体に纏わりつき、拡散していく。
まずはガードに使った腕が凍り、そこから広がり、肩、胸、腹、足、顔。
全身が凍りつくまで、数分とかからなかった。
作戦が上手く行き過ぎて少し怖いくらいで、僕の顔からは引き攣った笑みが浮かぶ。
とはいえ、だ。
まだ、サイクロプスは完全に死んだわけじゃない。
このまま凍死してくれれば御の字だが、そうはならない場合もある。
まだ油断はできない状況だ。
それが分かっているからこそ、僕と冬華は未だ警戒の構えを解いていなかった。
この警戒心が薄れるのは、サイクロプスの体が黒い靄となって消えた、その瞬間だ。
どうなる、どうなる。
僕の心臓はバクバクという音を立てて、その間も時間だけが過ぎていく。
もうどれだけ時間が経っただろうか。
数分か、それとも数十分か。
まだ、サイクロプスの体は消滅する兆しはない。
僕の集中力が切れ始め、意図せずに警戒が緩まった、その時。
ピシリと、氷にヒビの入る音がした。
ピシッ、ピシッ。
連続して、音が響く。
そして、サイクロプスを覆う氷の皮が――砕け散った。
バリバリと鬱陶しそうに、自らの表面に張り付く氷を割り砕き、体は寒さからか、震えがあった。
つまり、それだけ弱体化させることに成功した、ということ。
最初から、これだけで倒せるとは思っていなかったんだ。
寧ろ上出来。
憎悪の篭った瞳を向けるサイクロプスに、僕らは気丈に睨み返す。
「ここから、ここからが本番だ。僕たちが――お前を殺してやる!」
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