動き
「――“氷礫弾バレット”」
虚空に氷が発生する。
その数は僕では把握することすら難しいほど。
さらに、僕の見当違いでなければ、以前見たものよりも一回り……いや、二回りは大きくなっている。
冬華は、発生させた幾十の氷の弾丸を侍らせ、不敵な笑みを浮かべたまま、敵意全開の魔物たちを視界に入れる。
もちろんだが、サイクロプスの警戒は忘れていないようす。
まあ、あれだけの巨体だ。
動けばすぐに察知できる。
それに、今は戦いに加わるつもりはないのか、動きがないということを加味すると、彼女が優先的に狙いをつけるのは他の魔物たちだろう。
現に、氷の弾丸のほとんどは僕らへと睨みを効かせる魔物たちへ向けられている。
さて、魔物たちの中にはそれなりに強力な個体も混じっている。
果たして、“氷礫弾”だけで仕留めることはできるのか。
僕は疲労ののし掛かる体を回復させながら傍観に徹していた。
ここで、こんなにも隙を晒しているという状況が今までにないほど危険であるということは十分に承知しているが、生憎と体は動かない。
ならばと、僕は疲労をいち早く取り除いてやるために、その場で座り込んだ。
無駄に立っているよりはよっぽど回復が早い。
それに、僕のことは冬華が守ってくれるはず。
男としては情けないこと極まりないが、これが一番合理的だ。
“転移門”で一度安全なところまで退避する手も考えたが、“転移門”は他の能力と比べても消費が大きい。
ここで無闇には使いたくなかった。
僕は、コンクリートの地面に腰を下ろし、冬華の後ろ姿をボーっと見つめる。
側から見れば何もしていないように感じるだろうが、この時も少しずつ少しずつ体の疲労と傷は回復し続けていた。
そんな中で、魔物たちは充血した目で僕を――ひいては冬華を襲い始める。
まず仕掛けたのは他よりも一際大きな体躯を持つオークだった。
おそらくは上位個体だ。
それに続いて、数体のオークが動く。
野太い雄叫びが反響する。
銀に輝く大斧を手にしたオークは、ドスンドスンと地面を揺らし、迫る。
迫力だけはものすごい。そう、迫力だけは。
彼我の距離があと十メートルというところで、冬華は朗らかな笑みを維持したまま――氷の弾丸を射出した。
音速。
音を置き去りにして、氷塊はオークの上位個体、その眉間を穿った。
当然ながら、一撃即殺。
オークは走る勢いのまま、前のめりに崩れ落ちた。
瞬間、同調して迫り来ていたオークたちの動きが鈍る。
そしてやはり、冬華はそこを見逃すようなことはなかった。
同じく音速で飛来した氷塊が、オークたちの命を葬り去った。
刹那のうちの出来事。
しかし、それは鮮やかすぎるほどの手際で、美しさすら感じるほど。
明らかに、強くなっている。
なるほど、これが【氷魔術】の力。一芸に秀でたスキルの本当の力か、とため息を吐きたくなった。
それと同時に、僕は魔物たちの反応を覗き見る。
やはりというべきか、動揺はない。
まあ、それもそうだろう。
今の魔物たちは、サイクロプスのスキル【支配の魔眼】によって支配下に置かれている状況なのだ。
さっきのオークは、本能的に僅かな隙を見せてくれたものの、他はそう上手くいかない。
とはいえ、冬華はまだまだ余裕がある様子。
魔力の余力に関しても心配はいならいだろう。
この調子なら、しばらくは僕の方に魔物が寄ってくることもないだろうし、安心して回復に専念できる。
僕が地面に体を預けている間にも、冬華による殲滅作業は進んでいく。
無謀にも襲いかかるゴブリン、コボルト、オーク、リザードマンたちを、氷弾の一撃で沈め、続々とその数は減少の一途辿る。
そして、屠った数が五十を超えたあたりからだろうか。
サイクロプスの瞳から幾何学模様の光が消えた。
【支配の魔眼】、その効力が切れたということだ。
その証拠に、魔物たちは僕と冬華への興味を失ったかのように、進路を変えた。
これには、ホッとする反面、一体どういうことだ、という疑念が湧き上がる。
自然、僕たちの視線はサイクロプスへと向かう結果となり――察する。
向けられたのは、押しつぶすような威圧感と殺気、敵意。
【支配の魔眼】を解いたあとすぐ、これだ。
恐らく、僕の推測が正しいのなら、あのスキルが発動している間は、あまり大きく体を動かせなかったのだろう。
実際そうだった。
あの鷹の魔物を捕食した時こそ、上半身に動きはあったものの、足は一歩も動いていなかった。
魔物の能力、スキル問わず、そういった制限のついているものがたまにある。
他にも、何か違った制限が施されている可能性もあるが、それは今はいいだろう。
「はぁ……」
僕は我慢できず、重々しくため息をついた。
こんなことにも気づけなかった自分が、憎らしくってたまらない。
もし、あそこでサイクロプスを襲撃できれば、倒せたかもしれないのに。
とはいえ、そんなものを考えていても、もう後の祭り。
ぐちぐち言ってても仕方のないことだ。
僕は自分の頭を切り替えるべく、パンパンと頬を叩く。
僕はもう、十分休んだ。
体の回復のほうは……十分とはいえなくとも、戦えないほどじゃない。
冬華の方も、戦意に衰えは感じられない。
僕らは鋭く眼光を放ち、反対に、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべたサイクロプスはジーッと僕たちを見つめるのだった。
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