変化

 僕へと向かってきていた魔物の群れは、一切合切容赦なく氷漬けにされていた。


「な……」


 僕は、しばらく呆然として固まっていた。

 が、それもすこしの間だけ。


 すぐに思考を切り替え、突然の乱入者――冬華の後ろ姿に視線を向ける。


 様相は今日の別れ際に見たものと変わりない。

 しかし、その佇まいは、いつも以上に頼もしさを感じるものがあった。


 当然ながら短剣は持ち合わせていないようすであるが、【氷魔術】を扱うに当たって支障はないようだ。

 というより、見るからに以前よりも威力が増している。


「どういうことだ」とすこしの間思案したものの、その答えにはよく考えればすぐに辿り着く。


 ようするに、【氷魔術】のレベル上昇だ。


 スキルのレベルを上げるには、SPさえ残っていれば、いつでも可能。

 そして、僕たちは次のスキルを手に入れた時のためにと、SPを極力貯めるように心がけてきた。


 彼女はそれを解放して【氷魔術】につぎ込んだのだろうさ。


 一度、魔物を大量に討伐したことでレベルアップしたのか、とも考えたが、これはまずないだろう。

 というのも、僕が冬華と別れてから今までの間に倒せる魔物の数では明確に魔術の威力に違いが出るほどのレベルアップは単純に無理だろうという考えだ。


 僕も、スキルレベルを上げることで【魔魂簒奪】――その“能力”の性能が上がる、という仕組みだったら良かったのだが、お生憎様、僕のスキルはそういうものではないらしい。


 もちろん、スキルレベルの上昇に伴って多少は“能力”ごとに性能は上昇するが、メインは自分が奪うことのできる“能力”数を増やすというもの。

 今、僕が持ってるSPを全部【魔魂簒奪】につぎ込んだとして、この戦況を変えることができるほどではない。


 これが、一芸に秀でるスキルとそうでないスキルとの差だ。


 よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏。


 僕のこのスキルは、一見チートじみたスキルだが、こういった面もある。


 まあ、いくつもの“能力”を貯蓄できて、自由に使えるこのスキルは、やはり他のスキルに比べて強力であることに変わりはないのだが。


 ――さて、閑話休題。


 限界を超えて行使した能力の副作用によって走る体の痛みに耐えながら、僕は、チラと周囲を見回した。


 氷像と化した魔物の奥。

 そこには、突然の出来事に思考が停止した魔物と探索者たち。

 しかし、そういつまでも動きを止めているわけもなく、彼らはすぐに戦闘態勢とった。


 加えて、冬華へと向けられる殺意、敵意の念は人一倍だ。


 一時的な脅威は去ったものの、次なる脅威はすぐそこにある。


 前衛のいない状況。

 近距離での戦闘法がない冬華としてはあまり近づいてきて欲しくないところだろうが、どうするつもりなのか。


 僕としても、すぐに彼女の助太刀に入りたいのだが、いかんせんまだ体が動かない。

 “再生”によって回復が進んでいるとはいえ、まだ少し時間がかかってしまう。


 僕の中で焦りが募る中、戦況は動き出す。


 まずは、僕の目から見て正面に立つサイクロプスの瞳にうつる幾何学模様がより一層強い光を放ち始めた。


 それよってだろうか、周囲に跋扈する魔物たちは目から光を失い、しかし、膂力、スピード、動きのキレ、どれをとっても先程よりも良くなっているように見える。


 そして、それに応じて探索者たちは続々と負傷者が増え続ける始末。

 こちら側の数が減るということはすなわち、僕らの方へと向かってくる魔物の数も必然的に増えるということ。


 サイクロプスの命にしたがって、魔物の軍勢は勢いを増す。

 探索者連中に限らず、数に押し切られた自衛隊員ですらも、重傷を負うほど。


 各所で悲鳴が上がり、戦力は少しずつ少しずつ減っていく。


 自らの動きを妨げる敵を失った魔物たちは、ついに僕へ向かって動き出す。


 獰猛で野生的な咆哮を撒き散らし、口元から際限なく唾液がこぼれ落ちる。

 獣のような荒い息遣いは、ここまできこえるほど。


 それらに相対する冬華は、今もまだ余裕な表情を崩す気配はない。

 それ自体は頼もしい限りであるが、レベルアップした【氷魔術】をもってしても、この数を相手に切り抜けられるのか。


 僕ね内心は、不安と焦燥、緊張といったマイナス感情で溢れていた。


 だがしかし、そんなものも、すぐに吹き飛ばされる結果となった。


 冬華は微笑みを浮かべたまま、徐ろに手を前方へかざし――唱えた。


「――“氷礫弾バレット”」

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