“再生”

 ――“放水”。


 僕は虚空に二つの水の大玉を出現させる。

 狙いは目潰し。


 地を駆けながら、狙いをサイクロプスへ定める。


「行けっ!!」


 水の大玉がブルリと震え、レーザー状に射出させる。

 その威力は、大岩を粉砕するほど。


 それが、サイクロプスの単眼へと向けられた。

 だが、ことはそう簡単には運ばない。


 サイクロプスの左腕が豪快に横薙ぎを繰り出し、水のレーザー砲を軽々と吹き飛ばしたのだ。


 僕は、クッ、と下唇を噛み、しかし猛攻はここでは終わらない。

 “放水”にを防いだことで、体勢が崩れ、さらに視界が僅かに僕から離れた今、畳み込む。


 “鎖縛”。


 前方に向けた左手の平から、薄鈍色の鎖が飛び出す。

 ジャラジャラと音を立ててうねりながら、飛来するその様相はまさに蛇のよう。


 反応に遅れたサイクロプスは、鎖への対処まで体がついていかなかったようで、無抵抗に縛り上げられた。


 ――よしっ!


 内心でガッツポーズをかましながら、僕は疾走を続ける。

 彼我の距離……現在約十メートル。


 既に、僕の間合いに入っていた。


 “液体化”。

 黒に染め上げられた己の両腕を液状に変化させる。


 そして――振る!!

 ひたすらに、鞭を叩きつけるように。


 僕は、正しい鞭の使い方なんてものは知らない。

 けど、鞭を手に持っているわけではなく、鞭と化した腕を操っているわけで、操作性だけは抜群だ。


 一度、腕を振るたびに、液体化した腕がボッ、としなりを上げる。

 最早、音速を超えているのでは……というほどの攻撃。


 サイクロプスは体を拘束されているせいで、防御の一つも取れていない、無防備な状態だ。

 だというのに……


「効いて……ないっ!?」


 いや、実際には全く効いていないわけじゃない。

 でも、僕の一撃一撃が軽いのか、サイクロプスの反応が鈍いのだ。


 サイクロプスの体は、僕の攻撃が直撃するたびに赤い跡を残しているし、時折血が飛沫している。

 ただ、その表情には苦痛のクの字も写されてはいなかった。


 冷静沈着。

 ただ変わったことといえば、先ほどまでの嘲りの色が消え失せ、僕の顔をジッと見つめているということだ。


 それが、その視線がどうしようもなく気味が悪くて、思わず身震いしてしまった。

 連動して、攻撃の手が一瞬……緩んだ。


 サイクロプスは、その僅かな隙を見逃さなかった。

 その巨体に見合わない、超高速移動。

 唯一拘束されていない脚を俊敏に動かし、僕の間合いに。


「――っく!」


 思わず、息が漏れる。


 足が……足の甲を向けた強烈な蹴りが迫る。


 危機が僕を圧迫し、思考の速度だけが異常に上昇する。


 ――どうする、どうする……どうする!

 ――全身“液体化”……むりだ、間に合わない。

 ――“転移門”の展開……これでもダメだ。間に合わない。

 ――“黒鬼化”だけでは耐えられない!


 僕は、既に“液体化”している両腕をクロス。

 続いて頭部だけを“液体化”。


 衝撃に備えて守りの態勢に入った。

 フッ、と腹筋に力を込め、歯をくいしばる。


 刹那、前面から、豪風とともに未だ嘗てないほどの衝撃の嵐が襲った。


「し、ぬっ……!!」


 ミシリッ、と骨の軋む音。

 足腰が限界を訴え、下半身が浮いた。


 堪らず僕は、宙を舞い……とんでもないスピードで後方へと吹き飛ばされた。

 数度、地面へのバウンド。


 体中が埃と砂にまみれ、ところどころに裂傷が出来る。


 さらに、骨にヒビが入ったような違和感。

 体を動かそうとするたびに痛みが走る。

 もしかしたら、ヒビではなく、折れているという可能性もある。


 だがまあ、それは大したことじゃない。

 この程度なら、“再生・・”を使えばすぐさま元通りだ。


 ちなみに、“再生”というのはエルダートレントから奪取した“能力”であるのだが、これは、少しの体の欠損であれば、時間次第で回復出来るという、半ばチートのような能力である。


 そして、僕の体は“再生”の能力をもって、今にも少しずつ回復が始まっている。

 回復速度としてはそこまで速くはないのだが、しかし、全身の痛みは徐々に治ってきていた。


 まあ、これも、発動する前に死んでしまうと意味がないものである。

 だからこそ、即死しないよう頭部を“液体化”した上で、心臓付近のガードをでき得る限り固めたのだが。


 咄嗟にしては、あの時の僕の判断は中々に的確だった。


 僕は既に治りかけている身体をゆっくりと起こした……ところで、再びサイクロプスが迫ってきているのに気がついた。

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