燃え盛る炎
サイクロプスの巨体が迫る。
幸いにも、巨体故か移動速度はそこまで早くはないようだ。
だから、だろうか?
少し、ほんの少し油断が生まれた。
功を焦った桜が、側面から単身、攻撃を仕掛けようとしていた。
手にした長剣が銀色に閃く。
「はぁぁぁぁぁあ!!」
気合いのこもった閃撃は、しかし、サイクロプスの硬い表皮でもって弾かれる。
「くっ!」と、苦悶の声が、彼女の口から漏れて出る。
さらに、剣を弾かれた反動で、桜の体は無防備なほどに隙を見せる形となった。
それこそが、致命的。
サイクロプスは、そこを決して見逃さなかった。
ニチャリ、と気味の悪い笑みを深め、強く握った右の拳を振り抜いたのだ。
ブォン、とただ拳を振っただけとは思えないほどの風切り音。
それは無情にも桜の体に突き刺さる。
「――ゴフッ!」
体をくの字に曲げ、吹き飛んだ。
圧倒的な膂力を感じさせる豪腕は、まるで漫画のワンシーンを見ているかのように錯覚させるほど。
ありえないほどに桜の体は宙を舞い、数メートル先の地面に叩きつけられる。
「くっ、そがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怒りのこもった咆哮。
仲間が、桜がやられてしまったことで、俺の中で憤怒の感情が溢れかえる。
それに呼応するかのように、自らに纏わりつく、緋色の熱気が燃えがり、形作られる。
その姿は、まさに獅子。
怒りが、理性を、知性を燃やす。
俺は今から――獣になる。
「が、あ……ガァァァァァア!!」
意識が、飛ぶ。
それと同時に、腹の底から力が湧き出る。
獅子を象った焔が、さらに勢いを増す。
俺をついに脅威とみなしたのか、焦った様子で、サイクロプスは進撃を再開する。
その顔には、先ほどまでの余裕な笑みはなかった。
「グオォォォ!!」
サイクロプスは本能に従い、咆哮する。
それは、顔に滲んだ恐怖、怯えを振り払うためだろうか。
何にせよ、俺にはそんなこと、関係ない。
こいつは――ここで殺す。
――あれ?
殺す? 殺す……のが、俺たちの仕事だったか?
「まぁ、いいや……」
俺は、思考することを放棄した。
怒りに飲み込まれた俺に、考える力は残っていなかった。
脚に、炎が絡みつく。
力の奔流。その一部が、脚に流れ込み、燃え盛る。
地面を蹴った。
激烈な炎が、俺の体を押して加速する。
想像以上の速度だったからだろうか? サイクロプスは驚きに目を見やった。
というか、俺にとっても想像以上。今までにないくらいの加速力。
思わず口角が釣り上がる。
ただ俺は一直線にサイクロプス目掛けて突進。
拳を握った。
強く、より強く。
俺は、武器を持たない。
けれど、なにも何の考えもなく武器を持たないわけじゃあない。
俺の相棒でもある、スキル【赤獅子】をより効率よく使えるのが素手、というだけの話。
【赤獅子】の持ち味は強力な熱と火、そして身体能力の強化。
しかし、これは武器を通して発動させることはできない。
熱が発生するのは、俺の体からのみ。
武器を持っていても、武器から直接熱を、火をぶつけることができないんだ。
より強い攻撃を加えるには、武器を使うよりも、素手の方が効果的。
さらに、【赤獅子】の副次効果……というか、ほぼおまけのようなものだが、身体能力の強化。それに加えて、レベルアップによる身体強化。
これがあれば、殴った拳を痛めることはほぼほぼない。
少なくとも、今までは。
流石にサイクロプスほど格上の相手となると、どうなるかは分からないが……その時はその時。
今の俺に、迷いはない!
腕を限界まで引き絞る。
脚に灯った炎が今度は腕に纏わりつく。
「――死ねぇぇぇぇぇ!」
焔を纏った拳が、サイクロプスの巨体を突いた。
正確には、サイクロプスの左足。
ボディを狙うには、体格差があり過ぎて届かなかった。
しかし、体勢を崩すにはこれで十分。
ズドン、という衝撃音。
手に伝わる重い感触。
体を伝う、強烈な熱。
サイクロプスは、己の体を支えきれずに片膝をつく。
出血はない。
足を支える健が焼かれ、焦げたのだ。
サイクロプスの「グゥッ……」と重い唸り声が耳を通る。
しかし、どうしたものか。
俺の体が、言うことを聞かない。
ギアを上げ過ぎたか……。
なまりのように、重い。
――せっかくの、チャンスが……っ!
これで、あともう少し動けたら!
せめて、あと一撃、あと一撃あれば!
己の体が動かないことが、歯痒くて仕方ない。
「く、そ……くそっ!」
力を込めようとした腕が、震える。
反対に、サイクロプスはノッソリと、静かにゆっくりとだが、体を起こそうとしていた。
これが、レベルの違い。格の違い。
俺は、やられるのか……?
周囲を見渡す。
サイクロプスにやられた桜は、囮役を請け負っていた舞鶴は、俺が後ろに下げた涼子さんは……居なくなっていた。
「みんな……逃げた、か?」
よかった、と思った。
俺を捨てて逃げたのか、とは自然と思わなかった。
それよりも、彼女らが無事でいてくれたなら……と、ホッとした。
それもつかの間。
――サイクロプスの巨腕が、迫っていた。
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