【赤獅子】

 俺は今、単眼単角の巨人――サイクロプスと対峙していた。


 目の前にすると、肌がひりつくような感覚を覚える、ものすごい威圧感だ。

 悔しいけど、多分今の俺たちじゃあ……勝てない。


 でも、時間さえ稼げればいい。

 今の俺たちがやらなければいけないのは時間稼ぎ。本命たちがここまでたどり着くまで耐え切れればいい。


 第一線で活躍する自衛隊の方たち。

 確か、十分もすれば到着するって話だったはず。


 それまでの辛抱だ。


【鑑定板】でみた、このサイクロプスという魔物。

 その能力には気になるものがあった。

【支配の魔眼】とかいうやつだ。


 おそらく、ほかの魔物を操っているのは、こいつ。一体、どんな狙いがあるのかは分からないが、こいつを倒すことができれば、被害の拡大を抑えることはできる、はず。


 俺はわずかに目を細めた。

 苛立ちが、胸の中で燻っている。


 この魔物、完全に俺たちを格下扱いしていやがる。それが、態度から感じ取れた。


 敵意を剥き出しにした人間が目の前にいるというのに、一切気にした様子がない、その余裕な態度が鼻に付く。


「馬鹿にしやがって……ッ!」


 ギリッ、と歯ぎしり。

 俺たちがこいつよりも劣っているというのは分かっている。

 でも、それをあからさまに見せつけられると、いやが応にも頭に血が上ってしまう。


 たとえ、倒すことは出来なくても――


「テメェの力を削いでやるくらいのことも、出来ないと思ったか!!」


 己の赤髪と同様、身体中が緋色に染まる。


 ――【赤獅子】。


 ダンジョン探索初期に手に入れた、唯一無二、相棒とも言える、俺のスキル。

 これ無しに、今の俺は無いと言っても過言ではない。


 陽炎のように揺らめく熱気。

 赤に染まった体は、強烈で激烈な存在感をコートのように纏っている。


 包まれる万能感。

 湧き出る高揚感。


 俺の体はもう、戦いを求めていた。

 熱が広がり、迸る。


 途端、サイクロプスの、俺を見る目が明らかに変化した。

 路傍の石を見る目から、害獣を見る目へと。


 先制を取ったのはこちらだった。

 涼子さんの【火魔術】。

 爆音とともに火柱が上がる。


 もちろんだが、狙いはサイクロプス。

 強靭は緑の肌を、焔が焼く。

 しかし、数十メートルと離れている俺たちにも熱気が伝わるほどだというのに、サイクロプスは悲鳴一つ漏らさない。


 ツーっと、冷や汗が伝う。


「まさか……効いてないってのか?」


 炎の柱が形を崩し、サイクロプスの体が露わになる。

 瞬間、俺たちは軽く絶望を覚えた。


 その体には少しの焦げ目が付いていた……が、ダメージを与えられた、という印象はかけらも無かった。


 鋭く光る、黒の眼光。

 吊り上がった口。

 愉悦に歪んだその表情に、寒気すら感じてしまったのだ。


 焦りが、綻びとなって輪を乱す。


 涼子さんは、自身の攻撃が全く効いていなかったことに怖気づき、火弾を連発する。

 もはや、狙いがうまく定まっていない状態で、だ。


 周囲に家屋や一般人がいなかったことが幸いして、被害はなかったが、危ないことに変わりはない。

 特に、サイクロプスの注意を引くため、飛び回っている舞鶴が危険だ。


 俺は、彼女をなんとかして落ち着かせ、さらに後方へと下がらせる。


 サイクロプスは、さらに気味の悪い笑みを深めた。


 俺は、グッ、と握りこぶしを固め、全身の熱を滾らせる。

 この魔物に、まともに攻撃を食らわせることのできる可能性があるのは、俺か、桜のどちらか。

 それも、渾身の一撃でなんとか……ってレベルだろう。


 単純な攻撃力で言えば、俺の方が上だろうけど、その場合時間がかかってしまう。

【赤獅子】を最大限に使う攻撃は溜め――チャージが必要なんだ。


 ――って、いや、いやいや、ちょっと待て!


 なんでサイクロプスに攻撃を加えることを前提に考えているんだ!

 俺は、俺たちは時間稼ぎさえ出来ればいい。

 倒さなくてもいいんだ。

 なんで、無茶な選択をしようとした!

 馬鹿か!


 頭の中で自らを戒めながら、俺は時間稼ぎのための策を練る。


 とはいえ、熟考している暇はなかった。

 サイクロプスが、その巨体を動かし始めたのだ。


 ドスン、ドスン、と一歩地を踏みしめるたびに、地鳴りがする。

 目測八メートル弱。

 体重はどれくらいだろうか?

 盛り上がった、筋肉質な体を見るに、なかなかの重量だというのはわかる。


 あの巨体で、直接攻撃されれば、俺たちはひとたまりもないだろう。


 俺たちだって、今まで毎日のようにダンジョンでレベル上げに勤しんできたが、それでも、サイクロプスの方が格上。

 膂力、耐久、リーチ。何もかもが叶わない。


 でも、争うくらいは出来るはずだ――!

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