サイクロプス

 僕はすでに、ダンジョン前に鎮座する、その魔物を視認していた。


 巨大な体躯に緑がかった薄汚い肌、そして何より特徴的なのは、ギョロッとした黒い光彩を放つ丸い単眼と真っ黒に染まった単角。


 手には武器の類は一切なく、ただただ濃密な威圧感を放っていた。

 今の僕の位置は、死角になっている。あの魔物にもまだ気づかれてはいないはずだ。


 僕はゴクリと生唾を飲み込み、【鑑定板】を顕現させる。

 今のうちに正体を明らかにしておきたい。


 ――ステータス


 名前:サイクロプス(変異種)

 Lv.46

 《個体能力》

【威圧】

【支配の魔眼】


 ――


 Lv.46……ただこれだけの情報でも、僕を圧倒するのに十分だった。

 それに加えて、この見るからに仰々しい“能力”。

 おそらく、というかほぼ間違いなく、現在の僕のステータスだけでは到底及ばない。


 僕は現在の自分のステータスを確認しようと、【鑑定板】を自らに向けた。



 ――ステータス


 名前:柊木 奏

 年齢:18

 Lv.38

 《スキル》

【鑑定板】

【魔魂簒奪】Lv.7

【】

【】

【】

【】


 SP:32

 ――



 新たに手にしたスキルはない。

 しかし、【魔魂簒奪】の能力は大幅に上昇し、さらに追加された“能力”がある。


 それも込みとすれば、この魔物にだって、少しくらいの勝機はあるはずだ。

 とはいえ、どう攻めればいいのやら。


 僕が頭を悩ませている、ちょうどその時。

 轟音が降り注いだ。


「――なんだっ!」


 僕は思わず目を見張り、叫んだ。

 遅れて激しい灼熱の炎が目を焼いた。


 咄嗟に閉ざされた目蓋。

 光が収まったところで目を開けると、そこにはサイクロプスと対峙する人影があった。


 サイクロプスは先ほどの攻撃の影響か、緑がかった肌には少し焦げがついている。

 Lv.46ともなれば、相応以上の耐久力を持つはずだが、そんなサイクロプスへまともに傷を与えられるとなると、その腕前は一線級。


 しかし、ここら辺を拠点にしていて、尚且つこのレベルとなると、僕が知らないはずがないのだが。


 一体誰が……と、僕は未だチカチカと明滅する視界を気合いで確保する。

 目をかっ開き、焦点を合わせる。


 そうすると、ようやく僕の瞳が正常に機能し始める。


 まず視界に飛び込んできたのは、ドがつくほどに派手な赤い軽鎧を纏った男だった。

 そして僕は、その男のことを知っていた。


 ――赤城 智也。


 同じ大学の同級生で、唯一の同年の友達。そして、同業者だ。

 さらにいうなら、その周りに控える女たちのこともまた、知っている。


 身の丈ほどの杖を持ち、後方に立つ女。ローブを着込み、ボディラインが見えづらいながらも、そのプロポーションの良さと妖艶さが滲み出る美女。

 確か名前は、柳生 涼子。


 杖持ち、ということは、魔術系スキルでも持っているのだろう。

 杖術使い、ということも考えられるが、それにしては体運びやその他諸々、前衛で戦う人のそれではない。

 それを加味すれば、僕の考えは間違ってはいないはずだ。


 そして、サイクロプスの周りをウロチョロと動き回って翻弄し、両の手に短剣を携えた小柄な女の子――舞鶴 理央。

 見たところ、胸当て等の重要部以外にプロテクターのない、完全スピード型。

 スキル持ちかどうか……は、今の所よくわからないが、実力としては堂々一線級。

 以前会った時は無口な印象だったが、今はどうか。


 三人目のこいつはよく覚えている。

 南條 桜。

 智也と喧嘩でもしたのか、単身ダンジョンに突っ込んで、トカゲ型の魔物にコテンパンにやられていたところを、僕たちが助けたんだ。

 あの時の獲物は剣だったが、それは今でも変わっていないらしい。


 長剣を手に、前衛を張るその姿は、威風堂々としていた。

 一種の風格さえ漂うその姿。

 ただ一人、サイクロプスと正面から向き合っているというのに、怯んだ様子は全くない。


 死を前に、震えることしか出来ていなかった半年前のあの日とは、別人、別物だ。


 さて、四人一チームのこのパーティ。

 サイクロプス相手にどう戦うのか。


 流石に危なくなったら僕も手を出すつもりではあるが、出来るだけ体力を削っておいてくれよ。


 そんな僕の思惑など知るよしもない彼らは、叫びをあげながら格上の魔物――サイクロプスへと牙を剥く。

 しかして、その牙は、飢えた獣の刃ではない。研ぎ澄まされ、洗練された極上の牙。


 サイクロプスは、自然と鋭い眼光を放っていた。

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