存在感

「はぁぁぁぁぁあ!!」


 叫ぶ。

 腰のひねりを上手く加えた右ストレートが、ゴブリンの顔面をすり潰した。

 絶叫が耳を通り、地に伏せたゴブリンは黒い靄へと変わっていく。


 もう、倒した魔物は何体目だろうか? 二十を超えたあたりから数えるのはやめたが、百近くは屠ったはずだ。

 だが、未だ魔物の進撃は止む気配がない。


 それに――まだ少し離れていると言うのに依然感じる強烈な威圧感。

 方向的に言えば、ダンジョンの方か。


 冷たい風が頬を撫で、鉄臭い血の匂いを運んでくる。

 分かる。今の僕なら、分かる。

 あそこでは、今もなお多くの命が失われた続けているのだと。


 “転移門ワープゲート”を使ってしまえばすぐにでもダンジョンへ行くことはできる。でも、市街へ流れていく魔物たちを放っては置けなかった。


 急がないと。

 そう思いながらも、魔物が一般人へと危害を加えないように、街へと流れて入ってしまわないように注意しながら戦うのは、少しばかり難しいものだった。


「――ク、ソッ!」


 思わず、悪態が口から漏れ出る。


 苛立ちをぶつけるように、襲いかかるゴブリンを殴り飛ばし、時には蹴りつけ、絶命へと追いやっていく。

 逃げ損ねた一般人たちを守りながら、僕はダンジョンへと向かう。

 そこにいる化け物を殺さんとするために。



 ◆



「いくらなんでも、数が多すぎる!!」


 僕は今、ダンジョンまで目前、というところまで迫っていた。

 しかし、ダンジョンへと近づくにつれて魔物の数も増えてきている気がする。その証拠に僕一人では対応しきれなくなってきている。


 レベルアップの恩恵で体力的にはまだ問題はないのだが、やはり槍が――というか武器がないのがつらい。


 もう、力を温存なんて出来なくなってきている。

 しょうがない。

 出し惜しみは無しだ!


 ――“黒鬼化”

 ――“恐慌の紅瞳”


 肌が黒く変色を始める。

 さらに続けて発動させた“恐慌の紅瞳”。これで、魔物たちに動きを止める。


 この場にいるのは僕よりも数段格下の魔物たちばかり。つまり、“紅瞳”の効果は遺憾無く発揮される。


 瞳が紅に染まり、同時に僕へと殺到する魔物たちの動きが不自然に静止した。


 続けて、発動。

 ――“放水”。


 水圧カッターの要領で、高圧縮した水を放つ。

 ゴブリン、コボルト、ウォーウルフ、ライカンスロープ、オークといった魔物たちが、水の勢いに負けて吹き飛ばされ、時には体を切り刻まれる。


 血霧が、舞った。

 僕の体にも、大量の血が付着する。

 しかし、そんな些細なことに構っている暇なんてない。


 “黒鬼化”によって強化された身体能力でもって、僕は強行突破を仕掛ける。

 見たところ、もう周囲に人の気配はない。

 ならば、気遣いは無用。


「本気で行くッ!!」


 一気に加速。

 生き残った魔物の残党どもを、一切の躊躇なく――殴り殺す。

 殴って殴って殴って、そして蹴って。

 いつのまにか、敵の死骸は無くなっていた。


 荒く、息を吐く。

 少し、無駄な体力を使ってしまった。


 けど、これで次へ行ける。


 僕は、少しばかり重くのしかかる疲労を振り払い、足を進める。

 やっぱり、一度に三つの能力を並列発動させるのはまだ負担が残るらしい。


 スキルのレベルも上がって、今ならば……と思っていたのだが。


「まだ、足りないか……」


 僕のつぶやきは、誰に聞かれるでなく、ただただ虚空へと消えていった。


 ダンジョン――目的地までの距離はあとわずか。

 一歩足を進めるごとに、威圧感は増していく。この圧倒的な存在感は、一体どんな魔物が放っているのか。


 湧き出る好奇心。そして僅かな恐怖。

 打ち勝ったのは、やはり好奇心だった。


 今までに出会った中でもダントツの力強さ。まだ視認も出来ていないというのに、この肌がピリつくような殺気。

 多分、僕よりもだいぶ格上。


 まともに勝負しても、勝てないだろう。

 でも、そんなかでも、やはり湧き出るようなワクワクがある。

 不謹慎、と思われるかもしれないが、でも、僕はそう感じずにはいられなかった。


 どうやって、そんな相手に勝つか。どう仕掛けるか。

 僕の中で、急速に戦意が湧きあがろうとしていた。


 沸き立つ熱の中で、冷静さの残った僕の頭は精一杯の戦略を組み立てていく。


「……今、出来ることだけは、やっておくか……」


 その瞳は、ダンジョン付近で踏ん反り返っているだろう、強大すぎる存在へと向けられていた。

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