告白は突然に
ふぅ、と軽く溜まった疲れを吐き出すように、ため息を漏らす。
ただでさえ冷え込む寒空の中、私の【氷魔術】によってさらに冷気を増したこの空間に残っているのは、血みどろで地面に伏したゴブリンの群集と身体中を体液で濡らした男。
そして、呆然とする数十の一般人たち。
ゴブリンの死体が、黒い靄となって消え失せた、その時――ワッ、と歓声が湧いた。
あれだけ危機的な状況だったというのにもかかわらず逃げずにその場に残っていた人たちだろう。
一歩間違えば死んでいたというのに、呑気なものだ、と呆れてしまう。
魔物はここら辺にはもういないようだし、と私は奏くんの後を追おうと、うるさいほどの歓声に背を向ける。
奏くんの脱ぎ去ったコートを拾い上げ、足早に立ち去ろうとしたところで――興奮気味な男の声が私を呼び止めた。
「まっ、待ってくれ!!」
焦りと羞恥、そして恐怖の入り混じった複雑な声音。
思わず私は振り向いた。
ちょうど背後。
そこには、無謀にも単身、ゴブリンへと挑み、無様に返り討ちにされた挙句、迫り来る恐怖に打ち負け、全身を自らの体液で濡らした男の姿があった。
「なんです?」
彼の、先の醜態を目にしていた私の口からは、思わず冷たい声がついて出た。
「急いでいるんですが……」と迷惑極まりないとばかりに眉を顰めて続ける。
男はこの対応に一瞬、気圧されたようだったが、次には怯えの現れた顔を引き締め、一歩、前に歩み出る。
男は変に緊張した面持ちを浮かべている。
彼は、派手な、それこそ空も黒く染まり始めた今の時間でも存在感の溢れる、その短めにカットされた金髪頭を勢いよく振り下ろした。
所謂、九十度のお辞儀だ。
お辞儀には色々と呼び方があるが、九十度となると、“目礼”“会釈”“敬礼”“最敬礼”“拝”とある中の、“拝”……つまり最上級のお辞儀だ。
相手を敬う気持ちを最大限に表したお辞儀。
流石にここまでされて、無視を決め込むことが出来るほど、私はひどい性格をしているつもりはなかった。
一つ溜息を吐き、静止の構えを取る。
それを知ってか知らずか、男は続けて口を開く。
「一目惚れでしたっ! 俺と……俺と付き合ってください!」
その口から飛び出たのは、とんでもない言葉だった。
「……はい?」
思わず、素っ頓狂な声が漏れ出てしまった。
でも、しょうがないことだろう。本当に意味がわからないのだから。
困惑に頭の整理が追いつかない。
「な、何を言って……?」
「だ、だから……っ! 俺と付き合ってほしいっていってるんだ!」
半ばヤケクソのような、荒っぽい告白だった。
告白、というものをされるのは、正直初めての経験で、憧れがなかったわけじゃないけど、でも……
「えっと、ごめんなさい」
なぜか、受け入れる気にはならなかった。
胸がときめくような感情は全くといっていいほど溢れてこなかったのだ。
「私、急いでいるので……」
未だ同じ体勢を保ち続ける男へ背を向け、再び足を進める。
申し訳ない気持ちもないわけではないが、だからといってここで曖昧にするのも変だろう。
それに、私は多分……奏くんのことが……。
ハァッ、と重くついたため息が、白い息となって霧散する。
急ぎ、奏くんの下へ。
そう、足早に立ち去ろうとする私の耳に、三度男の声が響き渡った。
「待ってくれ!」
意思のこもった声だった。
男らしい重低音の、しかし同時に鋭さをも併せ持った声。
私は振り向かずに、変わらず足を進める。
「俺はっ! 俺は本気で……!」
――ああ、知っている。分かっている。
彼の言葉に、嘘偽りがないことくらい。
でも、でも……やっぱり無理だ。
さっき見た限りでは顔は整っているようだった。
俗に言う、ワイルド系美男子と呼ばれていても不思議でないくらい。
これが普通のシチュエーションであったなら、あっさり惚れる女がいても不思議ではないだろう。
けど――ゴブリンに、こてんぱんにやられた挙句、顔は涙と鼻水で汚れ、下半身を尿で濡らした状態で告白っていうのは……流石にありえないでしょう。
まあ、それを抜きにしても、初対面の人間と付き合うというのは私の中ではありえない話だ。
だからこそ、私は彼に希望すら残さないように、キッパリと断らなくちゃいけない。
意を決して、チラッ、と少しだけ顔を向ける。
瞳には冷酷を写し、顔に笑みは浮かべない。徹底的なまでの無表情を貫き通す。
そして私は、酷薄なまでに、辛辣に、言葉を重ねる。
彼がスッパリ、私のことを諦めてくれるように。
「――私が、貴方と付き合うことはありえません。何度も言うようですが、急いでいます。これ以上、私に無駄な時間を使わせないでください」
突き放すよに、言い放った。
「さようなら、もう、会うことはないでしょう」
私は、静かに踵を返し、戦場へ向かう。
男の顔は、もう見なかった。
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