帰路
立花さんの凛とした声が耳を通る。
「こちらが今回の買い取り金額になります。お確かめ下さい」
そう言って渡されたのは数枚のお札と硬貨。
いつもの収入と比べると雲泥の差だ。
「やっぱり、少ない……ですね」
やや気落ちしたような声。
白月さんはその場で項垂れていた。
「うん、まあでも、今までが順調過ぎただけだよ。この金額でも普通にバイトするよりかは大分稼げているんだしさ」
「それは……そうですけど、でも」
なんだか納得出来ていない、そんな表情だった。
まあ、それも無理はない。
前までとの差が大きすぎるからだろう。
この額でも、学生が一日にバイトをするよりも稼げているのだが、十八階層をウロウロしていた時は一日でこの数倍は稼いでいたのだから。
「それなら、早く十九階層を攻略して次に行こう」
確か、自衛隊の現在到達階層は二十二といったところだったか。
熊野さんから最近は他の業務が忙しくなって攻略に力を入れられていない、という話は聞いていたが、まさかここまで遅れているとは意外だった。
この調子なら、僕たちが熊野さんたちを追い抜いてしまうのも時間の問題。
そう考えると、なんだか感慨深いものがある。
少し前までは最前線の自衛隊と僕らでは相当な開きがあったというのに、今ではたったの四階層差。
別に競っているわけではないが、しかし、やるんだったら僕は、一番になりたい。
◆
「そういえば、イブの日なんですけど、お母さんがいろいろと張り切ってるみたいで……多分ちょっとめんどくさいことになるかもしれません」
僕と白月さんはギルドを出た後の話だ。
クリスマスイブの事が話題にあがった。
なんでも、白月さんのお母さん――水穂さんが気合いをいれて内装やら何やらにこだわっているらしい。
まだクリスマスまで一週間くらいあるんだけどね。
気が早いことだ。
水穂さんは最近、仕事に力を入れているらしく、帰りも遅いようだが、そんな中でクリスマスイブの準備をしていると考えると、娘思いのお母さんだなーと感じずにはいられない。
時々無理を言う人だが、ちゃんと白月さんのことは大事に思っているんだということは分かる。
僕もメールでたまに喋ったりするし、交流がないわけではないが、直接会うのは次で二回目だし、少し緊張するな。
「ケーキも、少し良いのを買うって言ってましたし」
「へー、あ、僕もお金出した方がいいよね? 一応、ご馳走になるわけだし」
「いえ、大丈夫ですよ。これくらい。私も最近はダンジョン探索のお陰でお金の方も少し余裕が出来てきたので。それに、お母さんも、柊木さんにお金出せ、なんて言わないと思いますし」
でも、と僕は口を開くが、それは白月さんの次の言葉に被せて潰される。
「このくらいやらせてください。私もお母さんも、やりたいからやってるんですから」
そこには、優しげな笑みがあった。
フワリと、花が咲くような微笑み。
儚げで美しい、冬の花。
僕はしばらく、見惚れていた。
「柊木さん?」
惚けている僕の顔を覗き込みながら、白月さんは首を捻った。
その仕草が僕には小動物みたいに可愛らしく映り、気恥ずかしさから目を背けてしまった。
白月さんは再び疑問符を浮かべる。
「い、いや……なんでもない」
僕は苦し紛れに言葉を紡いだ。
顔全体から、いやに熱を感じる。
発火しているかのような錯覚を覚えるほどの、頬の熱。
――どうしたんだろう、僕。
不思議な感覚。
唐突に胸がドキリと高鳴るような高揚に戸惑いを感じずにいられない。
白月さんが不意に笑顔を浮かべるたびに、この感覚に襲われるんだ。
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えるよ。ありがとう」
僕は恥ずかしさを紛らわすように、早口でそう言った。
沈黙が続く。
視界の端で、サラリと揺れる黒髪が映った。
「あの、私はここら辺で……」
分かれ道。
白月さんの家へは右の道を。
反して、僕の家は左側。
「あ、うん」
「それじゃあ、また明日」
ギクシャクした空気の中、別れを告げる。
モヤモヤが僕の胸の内を支配する。
けれど、白月さんの“また明日”という言葉だけは少し嬉しかった。
互いに小さく手を振りあって、その場で別れた。
わずかな充足感に酔いしれながら、僕は亀の歩みでボロアパートへと帰宅した。
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