半年
「そっち行ったぞ!」
「了解、私が仕留めます!!」
白月さんは無造作に軽く短剣を振るった。
「“氷礫弾バレット”!」
その声を合図に宙空に氷の礫が出現、超高速でターゲットへと飛来する。
肝心のターゲットは虎型の魔物――ブレードタイガー。
身体中から剣を生やす獰猛な虎だ。
こいつは人間を見れば躊躇なく襲ってくるが、今回はそれが仇となった。
今の僕たちにとってこいつ程度なら手こずるほどでもない。
特に白月さんとは相性がよく、ブレードタイガーは【氷魔術】の餌食となって黒靄へと姿を変えた。
「ふぅ、十八階層でも結構戦えるようになって来たね」
「はい、今回もうまく決まりましたし、もうそろそろフロアボスに挑戦してもいいかもですね」
あれから半年ほどが経過した今、僕たちは十八階層まで上ってきていた。
ちなみに、白月さんが【氷魔術】を使った時の“氷礫弾”というのは自分がどういう氷を生成するのかを即座にイメージ固定するための掛け声みたいなものだ。
十階層にいた頃に、どうも白月さんが氷の発現が思ったようにいかない、とのことでこの方法が編み出された。
これはいくつか種類分けがあって、例えば大型の魔物を相手にするなら氷の柱を生み出す“氷柱ピラーズ”、ガード用の“氷壁ウォール”なんかがある。
その中でも、今一番重宝しているのが、さっきも使った“氷礫弾バレット”だ。
小型、中型の魔物に有効で、大型にも牽制に使える。
白月さん自身のレベルアップと、スキルのレベルアップも相まって攻撃力は以前の比じゃない。
まあ、それについては僕も同じで、前よりも強くなっているという実感はある。
スキルは増えていなくとも、僕の持つ【魔魂簒奪】が数段僕を上に押し上げてくれるんだ。
七階層フロアボスで手に入れたエルダートレントの力はもちろん、それ以外にもいくつか追加で手に入れた能力がある。
その数、エルダートレントを含めて計四つ。
「フロアボス討伐試すのもいいけど、今日はもう帰ろう。結構いい時間みたいだし」
「あ、そう……ですね。たしかに」
「それじゃ、アレ使うからちょっと離れてて」
僕は虚空に手を伸ばし――
「“転移門ワープゲート”」
黒く染まった“穴”が出来た。
これが、その四つの力のうちの一つ。
第十階層にて手に入れた、ワープリザードの能力。
これがあれば、自分が行ったことがある場所であれば何処へだって行ける。
つまり、移動時間の短縮が可能なのだ。
いちいち一階層から始めて十八階まで上ってくる必要がない。
ショートカットして一気にここまでこれる、または帰れるってこと。
この有用性は計り知れない価値がある。
この能力一つあれば、どこのパーティにだって引っ張りだこだろうさ。
「本当に便利ですよね、この能力」
白月さんは感心したように黒い“穴”を覗き込む。
その行き先はダンジョン一階層の入り口につながっている。
「まあね。実際これのおかげで攻略スピードも上がったし」
戦いでも、使い道が多いしね。
これのおかげで戦略の幅が大きく広がった。
「さて、話はこれくらいにしておこう」
僕はそう言って黒い穴に足を踏み入れた。
黒が開けて光が見え始めると、そこは見慣れたダンジョンの出入り口。
僕に続いて白月さんの足音が聞こえてくる。
「やっぱりここまでくるともう冷えますね」
白月さんが軽く身震いした。
ダンジョンの入り口から流れてくる冷気にやられたのだろう。
時が過ぎるのは早いもので、今は十二月。
冬真っ只中だ。
確か今日は雪が降る日だったはず。
朝はまだ晴れていたが、ダンジョンを出れば今ごろ外は雪が降り積もっていることだろう。
僕らは少々の期待を伴って外へ出る。
空は雲で覆われ、薄暗い。
建物という建物がうるさいくらいに派手な光を放っている。
クリスマス仕様というやつだ。
そして、宙を舞う雪が羽のようにフワフワと降り注ぐ。
白い景色が広がっていた。
「そういえば、柊木さんはクリスマスの予定って決まってるんですか?」
唐突に白月さんが問う。
予想もしていなかった質問に、僕は思わずたじろいだ。
「予定、は……ないけど」
今年もクリボッチの予定だったんだけど。
友達なんて源と智也以外はほとんどいないし。
僕の中で、もしかして……? という淡い期待が膨れ上がる。
「あの、よろしければ……なんですけど、イブの日、うちに来ませんか?」
うち、というのはあの豪邸を引っ越してからの家だろう。
あっちの家はこの半年の間で値上がりしたようで、いまだ手持ちの金では手が届かないのだとか。
「いや、ダメなら無理にとは言いませんがっ!」
慌てたように、白月さんは目をそらす。
でも、
「もちろん行くよ。本当に予定なんて無かったし、暇になるかなって思ってたから、嬉しいよ」
これで、今年もクリボッチになる悲劇だけは免れた。
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