第七階層フロアボス討伐

「はぁはぁ……」


 源の、重く荒い息遣いだけがボス部屋の中で音となって響き渡る。

 手放された大斧がガランと地面を叩き、遅れてエルダートレントの倒れ伏す音がした。


 ドスン、と。

 トレントの巨体が勢いよく横転し、ダンジョンの床が大きく揺れた。


「勝った……」


 七階層フロアボス――エルダートレント。

 その討伐成功に、一番歓喜を露わにしていたのはやはり、源であった。

 エルダートレントの巨体が、虚のように消えていく。黒い靄となって、空気中に霧散する。


 そして、その亡骸の後にはいつも通りの魔石に加えて普通のトレントが落とすものよりもふた周りほど大きな真っ赤な果実と成人男性の腕ほどの太さと長さを誇る、光沢のある枝。最後に……小さな瓶に詰められた血のように赤い液体。


 ――これが、これこそがポーション。写真でだけなら僕も見たことがある。


 これは、正真正銘のポーションだ。


 僕はそう、断言できた。それだけの雰囲気が、存在感があった。


「これ、が……ポーション」


 源は、赤子を抱くような柔らかな手つきでポーションを手に取る。

 その声音には、隠しきれない喜色があふれ出ていた。

 無理もない、これで、ようやく妹さんを治してあげられるのだ。


 僕は液状になった体を上手く服に潜り込ませて“液体化”と“黒鬼化”を解く。

 これで綺麗に服を着たまま元の体に戻すことが出来る。


「今日はもう帰ろう」


 時刻はまだまだ日の昇っているような明るい時間帯だったが、しかし、この後にまた探索を続けるというのはあまり気がすすまない。

 なら、今日はもういっそ帰ってしまったほうがいい。


 僕の声に反応して、源が何度も首を縦に振る。

 彼は目元に涙を溜めながら「ありがとう、ありがとう」と何度も何度も繰り返す。


 僕も、そんな彼につられてついウルっときてしまった。

 この探索が始まるまでは、そこまで仲がいいとは言えなかった白月さんにも、彼は何度も繰り返して感謝していた。

「もういいから」と呆れるくらいに。


 ついには白月さんも困惑を顔に貼り付けてアワアワしていたくらいだ。



 ――そして今日、ここで、源は探索者としての人生を終えることになった。



 ◆



「第七階層フロアボス攻略、お疲れ様でした」


 ダンジョンから出た僕たちを最初に迎えたのはギルドで受付に立つ立花さんの一言だった。


「ありがとうございます」


  僕はにこやかに笑って言葉を返す。


「それで、本日は換金ですか?」

「あ、はい。これをお願いします」


 僕がバッグから取り出したのは行き帰りの道中で出くわした魔物たちのドロップアイテムとエルダートレントの落とした果実と枝。


 枝の方は何に使うのかはよく分からないが、何か使用用途はあるようで中々高額で買い取ってもらえるようであった。


 そして、ポーションは源の所有になって、僕はエルダートレントの魔石を譲ってもらえることになった。

 これだけ見ると白月さんが不遇な扱いをされているように見えるが、今回の換金分(現金)の大半は白月さんの懐に入ることになっている。


 まあ、僕としては不満はないし、エルダートレントの魔石を使えば、僕はまた強くなれる。……はずだ。


 さすが、毎日飽きるほどやっているだけあって換金までのスピードが早い。

 僕たちはギルド会館内に設置されたソファにて待機していたのだが、今回は五分と待たないうちに準備が整ったようであった。


「おまたせいたしました。こちら、今回のドロップ品の買い取り額の明細です。ご確認ください」


 聞きなれた言葉だ。

 もう今更疑う必要もないので額なんてあまり見ていない。

 というか、量が多くていちいち見ていられないだろう。


 お金は封筒に入れられていて外からはどれだけの額が入っているかは分からないが、それでも大金であると否応にもわかってしまうくらいには厚みがあった。


 カウンターにポンと置かれたそれを白月さんは無造作にバックへと突っ込むと、立花さんへ会釈してから少し離れた場所で待つ僕たちのもとへと駆け寄ってくる。


「換金、終わりました」

「よし、じゃあこの後はどうしようか……」

「あ、それなら打ち上げでもしませんか? 七階層も攻略し終えたことですし」


 僕は白月さんの提案に賛同の声をあげた……が、ここで申し訳なさそうに源の重低音な声が割って入る。


「すまん、俺は……その」

「ん……あー、そっか。そうだよな」


 せっかくポーションが手に入ったんだ。

 そりゃあ一刻も早く妹さんを治してあげたいよな。


「じゃあ、打ち上げはまた今度にしよう。何も今日やらなきゃいけないってわけでもないしさ」

「本当にすまん。それと……ありがとう」


 それだけを言い残して、僕たちは源と別れた。

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