第七階層フロアボス戦
僕は手についたパンかすをペロリと舐めた。
「さて、もうそろそろ行こうか?」
「はい」
「おう」
腹は膨れて士気は上々。
体力の消費分はほぼ回復しきって疲労はない。
僕は槍を、白月さんは短剣を、源は大斧を構えた。
戦闘準備が整うと、皆、瞳を一斉にぎらつかせ、フロアボスへの扉へと手を伸ばす。
ギィッと扉の開く音が反響し、扉の先には戦いに適した広い空間が広がっていた。
そして――
「エルダートレントです」
早々に【鑑定板】にて鑑定した結果を報告する白月さん。
「能力は普通のトレントのものに加えて再生能力があります。一気に仕留めないと後々キツくなってしまうかもしれません」
「了解」
僕は短く返して即座に“黒鬼化”を起動させる。
すると、僕らに隙を与えないつもりなのか、すぐさまエルダートレントが動き始めた。
その動きは通常のトレントのようにゆっくりとした動きではなく非常に俊敏なものだった。
人面を幹に張り付かせた大樹がバタバタと忙しなく硬質な根で地面を叩いて進撃する様は人によってはトラウマものといってもいい。
とはいえ、もうここまでの戦いで散々トレントを見てきた僕らからすればそんな恐怖は今更感じるわけもなく、冷静に対処するだけの余裕はあった。
猪のような猛突を皆軽やかに回避すると、最初にある程度距離をとった白月さんが短剣を振りかざして氷の礫を大量に創り出す。
そして――
「いけっ!!」
エルダートレントに数十という氷の弾丸が撃ち込まれる。
ガガガガガッ、と絶え間なく氷と木の衝突音が鳴り響き、それが終わる頃にはエルダートレントの体表には幾十もの傷が残されていた。
これをチャンスととった僕と源は得物を手に疾駆する。
もちろん速度という面では源よりも僕の方が上であり、そうなれば当然僕の方が先に接触することになるわけで。
「疾ッ!!」
短く息を吐き、槍を横薙ぎに一閃した。
レベルアップによる恩恵と“黒鬼化”による身体強化も手伝って、その一撃はトレントの体を容赦なく切り裂く。
さらに、それに続くように源が斧を大きく振りかぶり、叩き落とす。
ゴッ、と鈍い音を立てて、木屑を散らす。
声なき声を上げ、のたうち回るエルダートレント。
しかし、僕らはここで躊躇しない。
再生の能力を使わせる前に、ここで――
そんな僕たちの魂胆を見抜いたように、徐々に徐々に、エルダートレントは傷のついた体を修復していく。
時間を逆再生させたかのように、体が元の状態へと戻っていくのだ。
「チッ、くそ!」
僕は悪態をつきながら固く槍を握りしめた。
回復中は体を動かせないようで、エルダートレントは身動ぎひとつとる様子がない。
今だ。今、殺せ。
僕の本能がそう囁いているのが分かった。
“液体化”。
“黒鬼化”にこれを重ねる。
本気の本気だ。
今の僕は後のことなんて考えていない。
黒光りする筋肉質な体が、液状へと変わっていく。
ドロリと。
ガシャンという音がして槍が地面へと落ちた。
同時に、着込んでいた皮鎧やらその下のインナーやらも全てがずり落ち、僕の体を覆う物全てがなくなった。
とはいえ、僕自身は液体であるため、秘部が見えるようなことはない。から、多分セーフ。
白月さんに見られてもセクハラにはならないだろう。
……多分。
まあ、それは今は置いておいて。
エルダートレントは今も少しずつ体を再生させている最中。
だが、まだもう少し時間がかかりそうな雰囲気だ。
僕は液体へと化した自らの体をズルズルと動かし、這い寄り――体が大きく伸縮した。
変幻自在、自らの体であるが故に、思うがままに体を動かせる僕はこの体を大きく引き伸ばし、縮める。
そうすることで、この体は宙を舞った。
ビュッ、と。
音を置き去りにして音速レベルで飛来した液体が再生のために動きを止めたエルダートレントの体、その中心部を穿った。
「キュエェァァァァァァァア!?」
トレントの絶叫。
幹に貼り付けられた醜い顔面から放たれた叫びが鼓膜を刺激する。
まあ、今の僕には鼓膜なんて無いんだけど。
流石フロアボスというだけあってタフだ。
体にデッカい風穴を開けられたというのにまだ死ぬ様子がない。
とはいえ僕も、さっきと同じ威力の攻撃をするには距離が近すぎる。
一旦離れてからもう一度……というわけにもいかないだろうし、人間の体に戻ろうとすれば、それはそれで色々とまずい。
全裸になるってのもあるけど、それ以上にエルダートレントとほぼゼロ距離にいる今、防御力がゼロの状態になれば間違いなく死ねる。
“適応”があっても少し怪しいくらいだ。
さて、どうしよう。
そんな僕を考えに気づいたわけではなかっただろうが、幸いなことに、ここで白月さんの援護が入った。
――巨大な、それこそ二メートル級の氷の柱が、エルダートレントへと突き刺さったのだ。
再度、エルダートレントの絶叫。
その姿は満身創痍で、しかし、これでもまだ死なない。
「うぉぉぉぉぉ!!」
これで終わらせてやる、と源が裂帛の気合いと共に斧を大きく振りかぶった。
そして――
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