源のスキル

「なんだこれ……?」


 源が不注意にもカードへと手を伸ばした。

 無造作にソレを拾い上げ、そしてポツリと何かを呟いて――眩い白光が辺りを包んだ。


 目を焼くような激しい光から守るように咄嗟に手で視界を塞ぎ、光を遮断。


 しばらくして光が治り始めた……と、思いきや、光の粒子は源の体に取り込まれていく。

 その光景はまさに神秘的で、思わず見ほれてしまうほど。


 そして、僕は光の奔流が勢いをなくしたところでよくやく正気を取り戻した。


 僕らの双眸が向く先にはカード――スキルカードを取り込んだ当人、源は呆然とした顔で佇む姿があった。

 やっちまった、とでも言いたげに彼はゆっくりとこちらを向く。


「す、すまん……」


 それは謝罪だった。


「そういうつもりは全くなかったんだが、勝手に使っちまったみたいでよ……」


 大方スキルカードに記された“名”をうっかり呟いてしまったのだろう。


 僕や白月さんのように既にスキルカードを所持している人間なら分かっていることだが、この“スキルカード”というものは、たとえうっかりだったとしてもそれを声に出した時点でその人を使い手として認識されてしまうのだ。


 そんでもって、彼が謝っているのは僕らが交わした契約を背いてしまったことにある。


 そう、契約。


 ぶっちゃけ僕はそんなことはどうでもよかったのだが、白月さんと、そして源自身がそれでは納得しなかった。

 というわけで結ばれた契約内容というのが、ドロップアイテムの所有を僕らが優先するというものである。


 もちろん、その代わりにポーションがドロップした場合には源へと優先して譲渡する、というものであるし、双方の合意のもと締結された契約であった。


 それを破ってしまったからこそ、源は謝ったのだ。


 とはいえ、これについては責める気は無い。

 しょうがない話だ、と納得もできる。


 白月さんも残念そうな顔をしてはいるものの、怒りや非難といった感情は見えなかった。

 同時に、これに関しては叱責の声が飛ぶこともなかった。


 自分が体験したことがあるだけに、そう責めることは出来なかったのだろう。

 まあ、これについては完全に僕の憶測の話だが、彼女の持つ【氷魔術】なんて超高レアなスキルは、売ろうと思えばそれこそ目的である家の買い戻しだって可能だったのだから、白月さん自身、うっかり“名”を呟いてしまった経験があるはずだ。


 さて、そんなこんながあったわけだが、問題は源の手に入れたスキルが何か、というもの。


 戦闘系であれば、明日のボス戦にも有利に働いてくれるだろうし、慣れが必要なら明日一日を使って慣らしてからのボス戦、という選択肢も出てくるのだから。


 さあ、なんだなんだ、と僕は源を煽りたて、白月さんも興味津々といった様相だ。

 源はなんだか居心地の悪そうに頭をかき、呟いた。


「……えっと【鍛治】、だって」

「え?」

「だから……【鍛治】」


 彼の口から紡がれたのは、探索者としてはあまり使い道のないスキルの名だった。

 あくまで、探索者として生きるのであればの話ではあるが。


【鍛治】というのは生産系に属するすきるであり、主に武器鍛造時に使用される。

 職人として生きていくのなら、それは十分すぎるほどのメリットとなり得るものだが、今回に限ってはそうはいえない。


 なにせ、【鍛治】なんてスキルを戦いに生かすことなんて出来やしないんだから。


「すまん」


 また、源は謝った。

 これは、僕たちがあからさまにテンションを下げてしまったせいものあるのだろう。

 彼は何も悪くないというのに。


「いやいや……なんかこっちこそ、ごめん」


 微妙すぎる雰囲気に飲まれて、僕も流れで謝ってしまった。

 なんでだよ。


「ま、まあでも、別にあったからってデメリットがあるわけでもないし、明日の計画にも差し障りがあるわけでもないんだ。いっそ、ポーションが手に入って、妹さんのことがひと段落したら鍛治を始めてみるってのもいいんじゃないか?」


 確か源は、妹を無事治すことができたら探索者を辞める予定だ、と話していたはずだ。

 なら、その機会に鍛治師にでもなってみたらいいのではないか、とおもったのだが。


「鍛治、鍛治師……か。それも、いいかもしれないな」


 源は満更でもないようだった。


 そういえば、前に何か物を作るのが好きだと言っていた記憶がある。

 案外、そっちが天職だったりするのかもしれない。

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