検証

 僕は体に浅く傷をつけた三体のトレントのうち一体に目をつけた。

 魔物にもそれぞれ性格というものがあるのか、他二体は突然現れた敵勢力に殺気全開だというのに、そいつは怯えたように後退していく。


 これはチャンスだ。


 幸いにして、移動手段が根っこであるトレントは鈍足……いや、豚足のオーク以上に足が遅い。

 僕は迫り来る二体のトレントをスルーしてすぐさま逃走を図ろうとしていたトレントへと駆ける。


 通り過ぎていく僕へとヘイトが集まったからか、二体のトレントたちもその鈍足でもって必死についてこようとする。

 が、やはり遅い。


 地面を蹴るたびに僕と遂に背を向けたトレントとの距離は詰まっていく。

 僕を追う形となった二体のトレントは白月さんと源に足止め任せて、僕はまずコイツを倒すことに専念する。


 トレントは、もう逃げることは出来ないと観念したのか、足を止めてワサワサと枝を揺らしはじめた。


 瞬間。

 生い茂った緑が僕を襲う。

 鋭いナイフのような葉っぱの大群が容赦なく降り注ぎ――しかし、その一切合切は意味をなさない。


 瞬時に“黒鬼化”を解除、からの“液体化”を起動させることで全ての攻撃を無力化したのだ。


 若干ズレた服を直し、再び“黒鬼化”を発動させる。


「――シッ!」


 ありえない、とでも言いたげに直立するトレントへ、僕は爆発的な脚力を持って詰め寄り槍を横に大きく薙いだ。

 “黒鬼化”による筋力の大幅強化も手伝って、トレントの土手っ腹には大きく抉れた跡が残った。


 その一撃でトレントは一旦気を取り直したようであるが、この好機をそう簡単に逃すわけにはいかない。

 僕は暴力的なまでに槍を振り回す。

 何も考えず、ただただ機械的に乱暴に、嵐のように。


 何度槍を振り下ろしただろう。

 腕に痺れがではじめた頃、僕は急な浮遊感に襲われた。

 トレントの枝による打撃攻撃だ。

 とはいえ、僕は“適応”によってこの程度の衝撃ならほぼ無効化してしまえる。


 現に、今も一切痛みは感じていない。


 僕は地面に叩きつけられると同時に体を上手く使って立ち上がり、即座に槍を構え直す。


 何やら背後でド派手な音を立てているのは白月さんの魔術だろうか。

 あっちはあっちで大変だろうし、今はこっちに加勢してくれそうもないな。


「まあ、でも……いけるかな」


 さっきはトレント一体にあれだけ手こずっていたが、あれはまだトレントという新しい魔物との戦いに慣れていなかったからというのもある。

 今度は僕一人でだってもっと上手く戦える……はずだ。


 そうだ、今度はアレを使ってみよう。


 ――“液体化”と“黒鬼化”の同時発動。


 前に使った時は頭痛やら何やらが酷すぎたが、スキルレベルが上がった今、少しは負担が少なくなっているはずなのだ。


 僕は僅かに生まれた緊張と不安を飲み込んで、“液体化”を発動させる。


 しかし、今回は右腕に限定しての使用とした。

 これは前回学んだことだが、攻撃に使うだけなら、なにも体全体を“液体化”する必要はないのだ。

 それに、一部分だけなら体力の消費も抑えられる。

 実に合理的だ。


 何故だか、ドロリと液状に変化した腕が全能感で満たされる。


 短く息を吐いて、僕は黒黒とした液体を地面に叩きつける。

 それに何か意味があるわけじゃない。

 ただ、強いて言うのなら動作確認だろうか。


 それは激しくしなって地面を打った。

 パァン、と乾いた音が派手に響いて、ただでさえ逃げの姿勢だったトレントが命の危険を感じ取って、背を向けようとしている。


「逃がさない」


 僕の口から出たのは自分でもビックリするくらい冷酷な声だった。

 しかし、そんな混乱もすぐに落ち着き、冷静さが戻ってくる。


 まずはトレントの討伐を第一に考えないと。


 僕は“黒鬼化”によって黒く染まり、“液体化”によった液状と化した腕を野球のピッチャーのように構える。

 もっとも、僕に野球の経験なんてものはあるはずもなく、見様見真似ではあるが。


 ちょうど昨日、テレビで野球の試合をやっていたのを見ていてよかった。


「たしか……」


 昨日の記憶を掘り起こす。


 まずは左足を上げてタメを作る。

 充分と感じたところで足を下ろし、着地に入るタイミングで体重移動。

 グローブ側に体を傾ける。

 そして、テニスのサーブを打つような感覚で高い位置から一気に――振り下ろす。


 直後、ボッと荒く風を切る音が鼓膜を揺らした。


 彼我の距離は十メートルくらいはあったはずだが、液状化している僕の腕はそれくらい関係ないとばかりに伸張した。

 瞬間、黒い鞭がトレントの幹をゴッソリと抉り取った。


 木を乱暴に破壊する感触が腕に伝わり、爽快感に包まれる。


 ズキリと少し、ほんの少しだけ、頭に鈍痛を感じた。

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