真っ赤な果実

 トレント討伐は三人がかりで数分を用した。


「はぁ、はぁ……」


 三人分の荒い息遣いが反響して聞こえる。

 僕は膝に手をつきながら、槍を杖にしてトレントの落としたソレ――ドロップアイテムの下まで歩み寄る。


 結果、トレントの落としたアイテムはポーションではなく、いくつかの真っ赤な果実と魔石だけであった。


 僕は何個かある果実のうち一つを拾い上げて鑑定をかける。

 が、わかったことといえば、これが“アッポル”という名の果物であるということくらい。

 それ以外にも、詳細説明にて「とても甘くて美味しい」と小学生並みの感想が書かれていたが、何の説明にもなってはいなかった。


 疲労困憊といった様相の源と白月さんも遅れて集まってきたが、どちらも肝心の収穫をみて意気消沈していた。

 特にそれは源に顕著で、ポーションが無いとわかるなり、肩を落としていた。


「あんなに苦労したのに……」


 白月さんがポツリと愚痴をこぼした。

 それも無理はない。

 トレント一体にあれだけの体力を使ってようやっとの討伐。

 それにもかかわらず、目的のものは出てこないとなればそんな気持ちになってしまうのは致し方ないことであろう。


 しかし、確率的に考えれば、一回でドロップすることなんて大分稀な話だ。

 道はまだ長い。


 それに、フロアボスを討伐できれば、ポーションは確定でドロップするんだ。

 となれば、今は何も考えずに前を進むことだけを考えるのが一番だろうさ。


 僕はそう、二人を鼓舞しながら息を整える。


 ある程度体の疲れが取れてきたところで、再び探索を開始する。


 初っ端から二体の魔物と遭遇したからだろうか、探索再開からしばらくは何事もなく……というか、一体の魔物とも出会うことなく足を進める結果となった。

 かれこれ三十分ほどが経ったころか? 少しずつ慎重に、地道に進んでいったところで、何やら激しい物音が僕たちの耳に飛び込んできた。


 なんだなんだ? と聞き耳を立て、可能な限り気配を消しながら近づく。

 すると、どうしたことだろう。

 三体のトレントが各々枝を絡ませたり鞭のようにしならせたりして取っ組み合っているではないか。


 仲間割れ、もしくは内輪揉め、というやつだろうか。

 それとも、トレント同士での縄張り争いでも存在するのか。


 それは僕ら人間には到底分からないことだが、この状況が僕たちにとって絶好のチャンスであることは間違いないだろう。


 僕は白月さんと源の顔を交互に見合わせる。


「まずは白月さんが全力の魔術を叩き込んで。出来るだけ三体同時に当たるような広範囲に」

「了解です」


 彼女は緊張を顔に宿しながら小さく頷いて、僅かに震える手で短剣をギュッと握った。


「そのあとは僕と源が同時に突っ込むよ。源は取り敢えず敵の攻撃だけは食らわないように気をつけて、それ以外は自由。ただ、油断だけはしないでね」

「分かってる。そっちもな」


 源は緊張を誤魔化すようにニヤリと笑った。


 僕も、実を言えば緊張している。


 さっきは一体でも精一杯だったトレントが三体もいるんだ。

 それもしょうがないのだろうけれど、でも、一応パーティリーダーという立場にある以上、二人にさらなる不安を感じさせるわけにはいかない。


 いざとなったら逃げる準備はしてある。

 最悪、僕を囮にして二人を逃して仕舞えばいい。


 僕は自分で自分の頬を叩いて喝を入れる。

 大丈夫、もう大丈夫だ。


 白月さんが瞼を閉じて集中状態に入る。

 すると、周囲の風を冷たく感じるようになり、しばらく。

 宙空に先の尖った氷柱が出現し始める。

 一本、二本、三本、四本。

 その数は次々と加速度的に増加していき、最終的には百近くまで迫っていた。


 魔力の消費が激しいせいか、彼女の顔色に変化がではじめた。

 よく見れば、額にも汗が浮き出ている。


 ポツリと一滴の汗が零れ落ち、そして氷柱の軍勢はトレント目掛けて飛来する。


 ただの氷と思うなかれ。

 魔術によって作られた白月さんの氷柱は普通のソレより遥かに硬い。

 トレントの堅い体でも決して無傷とはいかないはずだ。


 そして、そんな僕の予想は見事に命中した。

 風を切って降り荒れる極太の氷の針はトレントたちの体に傷をつけていく。

 しかし、そのダメージもほんの僅か。

 表皮を少し削った程度だ。


 考えが甘かったか、と苦々しく顔を歪め――氷の雨はやがて終わりを迎える。


「源、突っ込むぞ! ついてこい!!」


 僕は再び“黒鬼化”を起動させる。

 ビキビキと音をさせながら、体が変異していく。

 黒く変色した肌を確認すると、僕は脚にありったけのパワーを込める。


 刹那、床が砕けて塵が舞う。

 そこにはもう、僕の姿はなかった。


 駆ける速度は以前とは比べ物にならない成長を遂げている。

 そんな僕に、パワータイプであり重量武器の斧を持つ源が並列で移動できるわけもなく、置き去りにするようにして単身突撃をかます。


 手に持つ槍は血に飢えているかのようにダンジョンの淡い光を受けてギラリと輝いた。

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