妹
「なぁ、奏」
僕が一人思考に耽っていると、沈黙を破って源が口を開いた。
「別に、俺に気なんて遣わないでいいんだぞ。俺だって、お前ほどじゃあないがダンジョン攻略は進んでいるんだ。あと数ヶ月もすれば、七階層に到達することも不可能じゃない」
そうすれば、自力でポーションを手に入れることも出来る……と。
しかし、そんな彼の希望を打ち破るようにして、凶報は飛び込こんでくる。
純白のナース服に身を包んだ看護師さんが隠しきれない焦りを表出させ、源の下まで走り寄っては、耳元で何やら囁いた。
すると、途端に源の顔色は青を通り越して土色に変化。
僕と看護師さんを置き去りにして一目散に駆けていく。
何事だ? と疑問を抱きつつも、僕はその後を追った。
体格に似合わず、思ったよりも足の速い源についていくと、辿り着いたのはある部屋の一室であった。
扉にはネームプレートが貼られていて、そこには“藤堂 弥生”と書かれているだけ。
しかし、それを見たことで僕は大体の事情を把握した。してしまった。
藤堂、というのは確か源の苗字であった筈。
ということはつまり、ここは件の源の妹が利用している病室なのだろう。
そして、さっきまでは静かだった院内がここを中心にざわめきを見せているということはつまり……源の妹さんに何かがあった、ということに他ならない。
「弥生……!」
沈痛な面持ちで、医者や看護師たちに囲まれて、源はベッドに横たわる少女の手を握っていた。
年の頃は十代前半といったところか。
高校生……いや、中学生くらいかもしれない。
となると、源とは大分歳が離れているんだな。
そんな呑気なことを考えている間にも、医師たちは忙しなく動き回っていた。
あれを持ってこい、こうしろああしろ、とバタバタと部屋を幾人もが行き交い、それからどれくらいが経ったころだっただろうか。
体感では一時間程度、ようやく落ち着きを見せ始めた。
その間、源はずっと少女の横で祈りを捧げていた。
そのことからも、どれだけ妹のことを考えているのかが分かるというもの。
いくつもの機械が持ち出された室内で、白衣を身に纏った一人の医師が厳かに口を開いた。
「取り敢えず、一命は取り留めました……しかし」
細身で眼鏡をかけた、ザ・インテリといった風貌の医者は眼鏡の縁をクイと上げ、何故かそこで言い淀んだ。
ポケットから取り出したハンカチで額に浮かぶ汗を拭い、一度深く呼吸を挟んで、彼は再び口を開く。
「長くは、持たないでしょう……もともと、脳への損傷が激しい状態でしたから」
重い空気が室内に立ち込める。
特にそれは源に重くのしかかっていた。
「どれくらい……あと、どれくらいなら、持ちますか……?」
溢れ出る涙を堪えるようにして俯かせていた顔を僅かに上げて、源は声を振り絞った。
しかし、その回答は無慈悲なもので……。
「そう、ですね……私どもとしましても、どれだけ長く生きていられるかというのは、詳しくは分かりかねないのですが、今の状態が続くとなると……おおよそ一ヶ月ほどかと」
「一ヶ月……ですか」
源の顔が絶望の色を帯びはじめる。
「もちろん、それ以上に生きていられる可能性もあるにはありますが……」
可能性は高くない、と。
「じゃあ、一体どうすれば――ッ!」
やるせない思いが声になって源の口から漏れて出る。
苦痛の叫びであった。
しばらくの静寂のあと、どこからか、ポーションがあればという声が聞こえてきた。
やはり、これだけ大きな病院でも、ポーションは置いていないのだろう。
それだけ、ポーションというアイテムは貴重なのだ。
「ポーション……」
源は小さくポツリと呟いた。
「奏……確か、第七階層でポーションがドロップするんだったよな……」
幽鬼のような表情で、彼は僕へと詰め寄る。
僕は一瞬たじろぎ、しかし源の質問に首肯で答えた。
「そうか」と噛みしめるように頷き、源は意思のこもった瞳で僕を見つめる。
「なあ、奏……俺を、七階層まで連れて行ってくれないか?」
え? と僕は困惑の声を漏らした。
「無茶なことを言ってるのは分かってる。でも、頼む! 少しの間でいい。ポーションを見つけるまでの間、俺も連れて行ってくれないか!」
お願いだ、お願いだ、と果てには土下座でもしそうな勢いの彼に、僕は手を差し伸べた。
源を一時的とはいえ、パーティに入れるとしたら白月さんの許可もいるし、僕の独断で決めるわけにはいかないが、とはいっても、友達の妹の命がかかっているとなれば、何もしないわけにはいかない。
そもそも、僕はポーションが手に入ったら源に譲るつもりだったのだ。
僕としては、反対も何もない。
源の実力が七階層で通用するのかどうか、というのは正直分からないが、そこは僕らがフォローしていけばいい話だ。
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