ポーション
その後も、なんやかんやで話は続き、一時間ほどが経ったころ。
熊野さんが用事があるとかで帰って行き、それに続いて白月さんも帰宅していった。
そして、一人になった僕はこの白い病室で何をするでもなくただただ横になっていた。
本当にやることがない。
預かっていたらしい携帯は先程返してもらったが、だからといってネットサーフィンをやるような気分でもなし。
院内に都合よく知り合いなんているわけもないし……退院までの二日をどう過ごそうか。
僕はしばらくの間思案した後、院内を散策してみようと病室を出た。
全体的に白を基調とした内装で、清潔感がある。
廊下へ出ると、花瓶が所々に置かれていたりするのが目に入り、少し歩いていると、ここに入院しているのだろう患者さんもある程度見かけるようになった。
年齢層は幅広く、小学生くらいの子供から結構なお年のおじいさん、おばあさんまで。
あとは施設やら何やらを見物して、そろそろ部屋に戻ろうか、と思い始めた時だ。
背後から、懐かしい声が聞こえてきた。
バッと背後を振り返る。
「げ、源……?」
その姿を見たのは数ヶ月ぶりのことだった。
でも、間違いない。
あの厳つい顔と体格、重低音の腹に響くような声はまごうことなく僕の記憶にある源のものであった。
僕の声に反応して、彼は視線をこちらへ向け、驚愕を目で表した。
「お、おまっ――なんでこんなところにいるんだ!?」
僕が患者服を着込んでいるのを確認すると、焦ったような顔を浮かべながら近づいてきた。
年若いナースさんと何やら話していたようだったが、そっちはいいのだろうか?
僕の疑問は彼に届くことはなく、源はその厳つい顔を近づけた。
若干引き気味になりながらも、僕は静かに口を開く。
「あー、いや……僕はまあ、ダンジョンで色々とね」
説明がめんどくさい、というのもあったが、ただでさえ心配している彼をこれ以上心配させまいと言葉を濁した。
僕のその説明で納得出来たのか、「なるほど」と呟いて腕を組んだ。
「探索者である以上、そういうことがあっても当たり前か……」
しみじみと源は呟いた。
その声には、どこか悲しみの色が混ざっているようにも感じ取れた。
「ところで、源の方はなんでここに?」
「ん、ああ、奏には前に話しただろうけどよ、妹がここに入院してるんだわ」
僕は過去数ヶ月前の記憶を掘り起こす。
たしかに、そんな話をした気がする。
そういえば、源はダンジョンでポーションを探し出して、植物状態になったまま一向に回復しない妹を助けるために探索者になったんだっけか。
ってことは――
「まだ、妹さんは……?」
「……ああ」
源は僕の質問に短く答えるだけだった。
「未だにポーションってやつが手に入らなくってな……買おうにもそもそも出回っている数が少なすぎるし、高すぎる。とても今の俺じゃあ手が出せないくらいだったよ」
自嘲気味に笑いながら、源は唇を噛み締めた。
実を言うと、そのポーションについて、アテがないわけではない。
僕たちは今回、不測の事態ではあったが、フロアボスに認定されているオークキングの討伐に成功し、事実上、第六階層は攻略が完了していることになっている。
そして、次の第七階層。
ここは植物系の魔物が多く出現し、低確率ではあるものの、ポーションをドロップすることがあるのだとか。
今は七階層まで攻略の進んでいる探索者の数が少ないがためにポーションの普及率も低いが、今後そこまで攻略の進む者たちが増えるのに伴って、ポーション供給量もだんだんと増加していくことだろう。
それに僕としても、ポーションを手に入れる機会があれば、優先的に源に譲ってあげたいとは思っている。
まあ、それは白月さんと要相談になるとは思うけれどね。
僕がその話を持ちかけると、源は焦ったように凄い勢いで首を横に振った。
「お、お前……ポーション一つでいくらになると思ってるんだ!?」
「え……と、十万くらい?」
僕が首を捻って答えると、厳つい顔をさらに歪めて眉をひそめた。
「最低でも百万、だ」
は……? と思った。
数秒間、僕は呆然としていたかもしれない。
流石にその額は予想していなかった。
源が買えないっていう理由も分かった。
でも、なんでそんなに高いのか。
それは、オークションで売りにかけられているから、だそうな。
古傷や病でさえも直すことが出来る今までにないほどの万能薬でもあるポーションを買い求める人は多く。
特に金持ち連中はポーション一つに数百万という大金をはたくことも珍しくないのだとか。
まあでも、だからどうしたって話だ。
たしかに金は大事だし、白月さんも少しは渋ることだろう。
しかし、彼女もそう薄情ではない。
一時的なものだったとは言え、源もかつては一緒にパーティを組んだ仲であるし、その妹を助けるためとなれば、分かってくれる……と思う、多分。
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