報酬額
「熊野さん……?」
開いた扉の向こう側に立っていたのは右腕を包帯でグルグル巻きにした熊野さんだった。
「今日はたまたまお見舞いに来ていたんですけど、丁度よく柊木さんの意識が戻ったと聞いたもので……あ、これ果物です。良かったら食べてください」
そう言って差し出されたのはバスケットに入ったリンゴやらバナナやらの詰め合わせフルーツ。
「あ、どうも……」
僕は流されるがままに受け取り、会釈する。
「それと、柊木さんの入院費はこちらで支払っておきましたのでご心配なく」
何の気なしに告げられた一言に、僕はやっぱり、と思うだけだった。
というか、考えられる可能性といえばそれくらいだったしね。
「ありがとうございます」
ここはありがたく感謝するだけにとどめる。
無駄に遠慮なんかして後で請求されたんじゃ堪らないし。
「それはそれとして、なんですけど……それ、どうしたんですか?」
僕は熊野さんが現れてからずっと気になっていた包帯を指差した。
「あぁ、これですか……」
熊野さんは鬱陶しそうに右腕を軽く振る。
すると、今まで黙っていた医者が慌てた様子で止めにかかった。
「――ちょっと、何やってるんですかっ! 骨が折れてるんですよ!」
全く……とため息を吐き、一言二言苦言を呈すると、熊野さんも苦笑しながら大人しく従う。
「あ、あの」
僕は若干引きながら、おずおずと声をかける。
「ああ、すみません。お騒がせして。……それで、この腕の話でしたか?」
まるで痛みなんて感じていない、といった様相。
骨折しているという腕を触って苦痛に顔を歪めるどころか笑顔を浮かべているほどだ。
「これは……まあ、【ベルセルク】を使って正気を失っていた犬飼さんの相手をしていた時にうっかりやっちゃいましてね」
「え……」
ああ、そういえば、と僕の頭にあの日、あの時の記憶が蘇る。
「といっても、一週間もあれば完治しますよ。探索者をやってる人はレベルアップに伴って回復量も上がってきますから」
「な、なるほど」
「はぁ……本当に探索者さんたちの体っていうのは不思議でなりませんね」
僕は相槌を打ち、医者の彼は再び深くため息を吐いた。
「えっと、それで、犬飼さんや他の人たちはどうなったんですか?」
僕の問いに、熊野さんは一瞬深刻な表情を浮かべた。
「……死者は出ていません。しかし、重傷でまだ意識を取り戻せていない隊員が二名。それ以外にも重傷者は多数で、無傷の者の方が少ないくらいでした」
特にひどい人はもうダンジョンに入れないほどなのだとか。
病室が暗い雰囲気で満たされる。
この雰囲気を感じ取って気遣ってくれたのか、いつの間にか医者のおじさんは忽然と姿を消していた。
「でもまぁ、もう過ぎたことです。柊木さんたちのお陰で死者が一人も出なかっただけ良しとしましょう」
暗い表情から一転、熊野さんはパァッとした明るい笑顔で話を続ける。
「それよりも、気になるのはこっちの話ですよね?」
そう言って彼はゲス顔を浮かべながら人差し指と親指で丸を作った。
お金の話……ということか。
僕だけでなく、白月さんも自然と頬が緩む。
なんせ、あれだけのことをしたんだ。なかなかの額が期待できることだろう。
熊野さんは僕と白月さんに一枚ずつ紙を渡した。
それ自体はなんの変哲も無いただの紙であり、大事なのは記載されている内容だ。
僕はじっくりと目を通していく。
そして瞬間、言葉を失うほどの驚愕に目を剥いた。
「こ、これ……本当ですか?」
僕は手渡された資料の一部分を指差して固まった。
どう考えてもケタがおかしい。
白月さんも、報酬額が予想を上回るほどに高額だったのか、呆然としてしまっている。
僕の質問にゆっくりと頷いた熊野さんは嘘を言っている様子はない。
「お、オークってこんなに稼げるんでしたっけ?」
「あー、いや、今回の場合は数が多過ぎたっていうのもありますが、複数体の上位種に加えて王種までいたっていうのが大きいでしょうね。それに、国からもお詫びと感謝の意味もあって幾ばくかの報酬が含まれて、その額ですから、妥当ではないでしょうか?」
熊野さんはさも当然といった感じだ。彼くらいのレベルになると、こんな額は日常茶飯事なのかもしれない。
こう見えて最前線で戦う探索者でもあるのだし、実入りもいいんだろうな。
なんて考えつつ、もう一度例の紙に視線を落とす。
震える指でもう一度金額を数え直し、やはり間違いはなかったと確認すると、フゥッと喜色の入り混じったため息を吐いた。
――数ヶ月前までは、まさか、一度に七桁もの金を稼げる日が来るとは……思ってもいなかったなぁ。
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