目覚めと病室

 目が覚めた。

 ユックリと瞼を開き、白い光が瞳を焼く。

 反射でスッと目を細め、光を手で遮る。


 だんだんと慣れてきたところで目を開き、横になっていた体の上半身だけを起こす。


「どこ……だ、ここは?」


 僕は見慣れない一室に首を傾げた。

 飾りっ気のない白い部屋だ。

 白い壁に白い床、純白のベッド。あとは申し訳程度の彩りに観葉植物があるくらい。

 雰囲気から察するに、病室と考えるのが妥当だろう。


 事実、僕はドラマでよく見るような患者服を着込んでいる。

 これは、誰が着せてくれたものなんだろうか、と思考が巡り、考えるのをやめた。


 それにしても――


「静かだ」


 この病室だが、見たところほかの患者は見られない。

 というか、僕一人分のベッドしか置いていないようである。

 つまりは、個室ということだ。


 個室ってのは、入院費とかも高いくなるんじゃないだろうか……なんてことをすぐに思いついてしまった僕は汚れているのだろうか。


 自嘲気味に小さく笑ったところで、ガラガラと音を立てて扉が開かれ、現れたのは手提げカバンを持った私服姿の白月さんだった。


「え……?」


 一瞬の硬直。

 白月さんの視線はベッドで上半身だけを起こした僕で固定されていた。


「どう――」

「柊木さんっ!」


 どうしたの? と言おうとした矢先。

 白月さんがカバンをボトッと床に落として潤んだ声で叫びをあげた。


「や、やっと……やっと起きたんですねっ! ……よかっ、よがっだぁ……」


 彼女はそのまま両手で顔を覆って泣き崩れた。

 手の隙間から、白い光を反射してキラリと光る涙を見た。


 未だ事態を飲み込めていない僕は、困惑しながらもベッドを降りて白月さんに歩み寄る。


 足を一歩踏み出した際、体がグラリと大きく揺れた。

 まるで、数日間体を動かしていなかったかのように、思ったような動きをしてくれない。


 重い。

 体に錘でも付いているんじゃないかってくらいに。


 僕は四苦八苦しながらも足を進め、へたり込んだ白月さんの下まで辿り着いた時だ。

 再びドアが開いた。


 白衣を四十代半ば頃といった風貌のおじさんだ。

 彼はドアを開けたところからすぐそこにいた僕を視界に入れると、疲れたきったような顔を驚きで染め上げた。


「――なっ、も、もう目が覚めたのかい!? 予定ではあと数日は起きない筈だったのに……?」


 どうやら、僕は推定されていたよりも早く目が覚めたらしい。

 ……と、いうことはもう何日か僕は眠ったままだったってこと、なのか?


「あ、あの……」


 僕は困惑を顔に貼り付けて彼に声をかけた。

 白月さんに手を貸して立ち上がらせながら。


 驚愕から立ち直った白衣のおじさん――医者だろう――は、僕の声に反応して、詰まらせながらも返事を返した。


「な、なんでしょう?」

「えっと……ここは、どこなんでしょうか?」


 僕はまず、場所を聞いた。

 病院だ、と返ってきた。当然だ。


 次に、あなたは? と聞いた。

 医者だ、と返ってきた。分かっていた。


 僕はどれくらい寝ていたのか、と聞いた。

 三日だ、と返ってきた。驚いた。


「えっ……三日!?」


 僕は上擦った声で驚愕を露わにした。


「はい、そうですよ。本当なら後もう二、三日は意識を失ったまま……のはずだったんですけどねぇ」


 医者の彼も、大分冷静さを取り戻し、落ち着き払った声音に少し呆れを含んで言葉を返した。


 僕は医者に促され、ベッドへと戻る。

 白月さんも僕に続いてベッドの隣の椅子に腰掛け、潤んだ瞳で僕をジッと見つめていた。


 沈黙が続く。


 最初に、医者が口を開いた。


「君の症状としては、過度の疲労と魔力の過剰使用……といったところかな。見たところ、今はもう異常はないみたいだけど、念のため後一日二日くらい入院していてもらいます」


 カルテを片手にもって淡々とした口調。

 しかし、僕はそんな彼に焦りを孕んだ声で質問する。


「で、でも、それって入院費とかは……」


 僕はそこまで多くの貯蓄はないんですけど。

 消え入るようなその声に、医者はうん? と首を捻ってペラペラと書類をめくる。


 何枚目かのところで手が止まり、目線が動く。


「うん、それはもう払っているようですから、大丈夫ですよ?」

「えっと……それは?」


 僕は当然払った覚えなんてない。

 じゃあ、誰が?


 僕の疑問に答えるようにして、またまた扉の開いた音がした。

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