豚王討伐
黒光りする液状の腕と無茶苦茶な軌道を描いた鈍色の巨剣が衝突する。
瞬間、暴風が吹き荒れる。
それに遅れて、轟音が鼓膜を叩いた。
しかし、僕も、そしてオークキングも互いに怯んだ様子は見せない。
“生きるのは自分だ”と震える足を気合いで立たせ、気丈に睨みをきかせる。
そこからの記憶は曖昧だった。
僕はやられる前に殺ってやる、と残り少ない時間の全てを攻撃に回した。
両腕をしならせてオークキングへ猛追し、腕を斬られても即再生、攻撃を再開する。
これをひたすらに繰り返していた。
オークキングの馬鹿でかい咆哮とともに、風の砲弾が放たれて、僕の体は後方へ飛ばされるも、それにはもう“適応”済みであり、大してダメージを受けることはなかった。
ズキリ。
また、頭が割れるような痛みに襲われた。
ズキっズキっズキっ、とまたインターバルが短くなってきている。
もう、残りの時間は長くない。
早く終わらせなければ、と焦りの感情が露わになる。
オークキングは時間稼ぎの為なのか、馬鹿の一つ覚えみたいに風の砲弾を連発する。
けれど、この場に置いて、それは有効であった。
疲れと頭の鈍痛によって僕の体は動くことを拒み始めたのだ。
マズイ、と感じ始めたのはこの時だ。
数多の風弾に晒されたせいもあって、一つ一つの攻撃が雑になっているのが自分でもわかる。
風が僕を吹き飛ばし、体勢が崩れながらも僅かに残った体力を振り絞って腕を振る。
ブォンという風切り音の後に、腕から衝撃が伝わる。
ほぼ狙いなんてつけていないような適当、杜撰な攻撃であったが、これが運良く直撃。
見ると、肩から腰にかけて一筋の赤い跡がクッキリと残っているではないか。
過度な疲労によって攻撃力が低下しているため、抉り取る……とまではいかなかったが、それでも大ダメージには変わりない。
その証拠にオークキングは体をよろめかせ、遂には後生大事に持っていた巨剣すらも手放した。
――好機。
激痛の走る頭、グラリと視界が揺れるほどのめまいと吐き気を催しながら、僕は耐え、無理矢理にでも体を動かす。
それが、自分が生き残るために必要なことだと信じて。
「ぐ、あァァァァァ!!」
裂帛の気合い。
自らを鼓舞して、追撃を仕掛ける。
とは言っても、冷静に的確な攻撃を与えられるだけの余裕も、体力も、技術もない。
今の僕に出来るのはただ無心で腕を振るうことだけ。
乾いた音が、ひたすらに響く。
放った数は十を軽く超えるだろうが、その中でまともに当たったものといえば二、三回程度。
それでも、オークキングの体力を着々と削っていく。
ダメージを与えるには十分だった。
とはいえ、オークキングはなかなか倒れない。
化け物じみた基礎身体能力が、体を支えているのだ。
朦朧とする意識の中、僕は見た。
オークキングが大きく口を開いたのを。
「そ、れは……」
攻撃の予兆。
あの、風の弾丸が来る。
刹那、大音量の咆哮が僕の耳をつんざいた。
同時に風が衝撃となって僕の腹部に正面から突き刺さる。
小さくうめき声を上げ、喉の奥からせり上がる熱を吐き出した。
ケホッ、と嗚咽する口を手で塞ぐ。
塞いだ手を覗き見ると、それは赤黒く染まっていた。
吐血。
認識した瞬間、脇腹より少し上に鈍痛が走った感覚がした。
「肋骨でもやられた……か?」
疲労が原因なのかは分からないが、今は“適応”が仕事をしてくれないみたいだ。
「なら、なおさら早く倒さないと」
――このままじゃ、冗談抜きで本当に死ぬ。
死を幻視した。
ブリルと無意識に体が震え、しかし、膝に手を置き立ち上がる。
そして、生きる為、生き残る為に僕は最後の力を振り絞る。
「ぐ、ア……あぁ」
唸り声を上げながら、チラとオークキングに目を向ける。
続け様に放った僕の攻撃が思ったよりも効いていたのか、向こうも満身創痍。
体をフラフラとよろめかせ、口元からは唾液を垂れ流している。
血走った目と荒い息遣い、血の気のない顔色がそれを証明していた。
互いに、後がない。
「次で……決める……」
――殺す。
明確な殺意を持って、僕は目を細めた。
対抗するようにして、オークキングは大きく息を吸った。
一瞬の沈黙。
先に動いたのは僕だった。
黒い液体となった自身の腕を豪快に振るう。後のことなんてまるで考えていない。今ある力の全てを出し切るつもりでの全力。
「ガゥアァァァァァァァ!」
オークキングは本日何度目かの咆哮。
開いて大口から巨大な空気の砲弾が放たれた。
僕の黒腕とオークキングの風弾がぶつかる。
気合いと気合いがせめぎ合い、押し勝ったのは――僕だった。
「う、ぁぁぁアァァァァァッ!」
勢いそのままに、僕の腕はオークキングの頭蓋へ迫る。
そして――
ゴッ、と鈍い音が反響した、
頭蓋骨を割り砕いた感覚が手に伝わる。
決して心地いいものでは無かったが、その瞬間、勝利を確信したことで僕の緊張の糸がプッツリと切れてしまった。
僕は糸が切れたように膝から地面に崩れ落ちた。
もう既に、“黒鬼化”も“液体化”の能力も効果を失い、元の体に戻っている。
あいつは……オークキングはどうなった? と、顔だけを動かす。
その先には、頭から血を流し、白目を剥いた豚が一匹。
滑稽な有様を晒しているだけだった。
オークキングの体が黒い靄へと変わっていくのを視界に収め、安堵の息を吐いた僕はユックリと瞼を閉じた。
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