奥の手

 奥の手……とは言ったものの、別に全く新しい能力、スキルの類いというわけではない。


 “液体化”と“黒鬼化”の同時発動。

 ただそれだけ。


 僕の所有するスキル【魔魂簒奪】には、同時に発動出来る能力と、出来ない能力の組み合わせ、というものがあるらしい。


 例えば、“液体化”と“恐慌の紅瞳”。

 これについては、そもそも“液体化”を発動させると瞳という器官が無くなるため。


 それ以外といえば、今のところはさっきも言った“液体化”と“黒鬼化”だ。

 こっちはなんで出来ないのかはよく分かっていない。

 いや、出来ないというのは少し語弊があるか。


 出来ない、というよりかは、やりたくないという方が近いかもしれない。


 この二つの能力を同時発動させると、全身が引き裂かれるような痛みに襲われるのだ。


 今のところ、持続して発動していられる限界は五分程度。

 それを超えると、酷い頭痛、めまい、吐き気、硬直などの障害が引き起こされる。


 一度だけ限界に挑戦してみたことがある。

 その時は一瞬、三途の川を垣間見たほどだ。

 あれは酷かった。


 だがしかし、それだけハイリスクなだけあって強力だ。

 それこそ、キングオークにだって真正面からの戦いで勝利を収める事すらも出来るだろうと思えるくらいには。


 もう今更、迷ってはいられない。

 オークキングはすぐそこまできているのだ。


 思考が加速し、時間の流れがやけにゆっくりと感じる。

 “黒鬼化”はもう発動済み。

 であれば、あとは……。


 ――“液体化”。


 ドクン、と心臓の鼓動が大きく跳ね上がった。

 以前と同じ、拒絶反応。

 全身を引きちぎられるような痛みが襲う。


 目に涙を溜め、下唇をかみしめる事で耐える。ひたすらに耐える。


 全身を“液体化”させると、それこそ動けないほどに痛みが伝わるので、今回は両腕のみに限定する。


 さっきまで生身のものだった両腕が、激痛を伴って黒い液体へと姿を変える。

 手に持っていた槍がガシャリと音を立てて地面に落ちた。


 途端、ズキリと頭の奥を刺されるような刺激が走った。

 苦痛に顔を歪めながら、しかし向かい来るキングオークを撃退しようと、目線だけは逸らさない。


 体の底から湧き上がるようなエネルギーを、両腕へと全集中。

 そして――解き放つ。


「ブヒッ!」


 オークキングはこれを人間の無駄な抵抗と取ったのか、バカにするように鼻で笑った。


 携えた巨剣を両の手で構えるその姿は威圧的であったが、僕もこの力を使う以上はそう簡単に負けるつもりはない。


 オークキングは僕めがけて鼻息荒く地を揺らして猛進する。

 今のところはあの風の能力を使うそぶりはなし。


「いける……ッ」


 全身に感じる痛みに耐えながら、僕は黒光りする液体……その右腕を鞭のようにしならせた。


 パァン、と乾いた音が炸裂する。

 あまりの加速度に攻撃を放った張本人であるところの僕でさえ、一瞬見失ってしまった。


 しかし、その一瞬すらも命取りとなる。


 僕の右腕はオークキングの左腕を抉り取った。

 数秒遅れて腕の根元から噴水の如く鮮血が飛散し、呆気にとられたようにオークキングは目をパチパチと瞬かせる。

 その様子はまるで、何が起こったのか認識できていないかのよう。


 それから、オークは自分が人間――僕から攻撃を受けたのだと受け入れるのに数秒を要した。

 僕と抉り取られた自分の左腕を見比べて、顔色を真っ青に染め上げる。


 自身の今の状況を正しく把握したオークキングは絶叫した。


 それもそうだ。


 腕が抉れてくれるなんて、いくら化け物みたいな強さをした魔物だったときても痛いに決まっているのだから。


 僕は喚き立てるオークキングを尻目に、ニヤリと笑った。

 ――勝てる。そう確信して。


 でも、現実はそんなに甘くはなかった。

 生存本能を刺激されたオークキングはさっきまでの余裕は何処へやら、ただ無茶苦茶に巨剣を振り回し始めた。


 残った右腕一本で、だ。

 それでもまともに振れてしまうのだからものすごい腕力である。


 これで僕が、達人レベルの技術があったり人外じみた身体能力でもあれば躱すのは楽勝だったのだろうけれど、お生憎様、僕はそんなハイスペックではない。


 レベルアップでの身体能力の向上、さらにレアなスキルによって戦闘能力自体は強化されている。

 しかしながら、文字通り化け物であるオークキングの狙いも何もない暴力の嵐を御する方法なんて持っているはずもなく。


 今の僕に出来るのは、その無茶苦茶な攻撃が当たってしまう前に遠距離からの攻撃で仕留めることくらい。


 まあ、それが出来るのなら苦労しないんだけど。


 全身を蝕み続ける激痛に耐え忍びながら、僕はもう一度、黒光りする右腕をしならせる。


「――クソっ」


 しくじった。

 ズキリと、急に襲った強い頭痛がコントロールを乱したのだ。

 攻撃はオークの足元、地面を深く抉り壊したのみ。


 血走った眼で僕をにらみ続けるオークキングだったが、剣を振り回しながらも僅かに怯えの表情を垣間見せた気がした。


 脳裏に焼き付いた、あの攻撃への恐怖がどうしても忘れられないようである。


 ズキリ。

 また、激しい頭痛が僕を襲った。

 リミットは近づいてきている、ということか。


 “液体化”と“黒鬼化”の同時発動。

 この状態を続けられるのは、持ってあと二、三分……ってところか?


「早く、決着をつけないと……」


 僕の能力の時間制限が訪れるのが先か、それとも僕がオークキングを殺すのが先か。


「ハハッ」


 何も面白くないのに、なぜか自然と笑いが込み上げてくる。


 生きる死ぬかの大博打。

 怖いのに、体が震えているっていうのに、でも少しだけワクワクしている自分いる。


 少しだけ、ほんの少しだけだろうけれど……僕はこの戦いを楽しいと思っているのかもしれない。

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