豚の王と一対一

 オークキングは先ほどまでの怒りも、部下たちを殺された怒りすらも感じていないかのような無表情でただただ佇む。


 それを隙と取った僕は、チャンスとばかりに地面を這い寄る。

 ズルズルと体を引きずり、牛のように遅い歩みで近づいていく。


 足下まで辿り着くと、跳躍。

 先ほどと同じ要領で顔面に張り付いた。


 だが、オークキングは至って冷静で、焦るそぶりすらも見せない。

 鼻も口も塞がれて呼吸が出来なくなっているというのに、だ。


 異常。


 何をされたわけでもない……けど、何故か途端に全身が凍るような感覚に陥った。


 ――やばい。


 そう感じた時にはもう遅かった。

 突如、突風が吹き荒れる。

 荒々しい叫びと共に。


 僕は“液体化”を発動させたままの状態で数メートル先まで吹っ飛ばされた。


 体が液状ということもあって傷がつくことも衝撃で体を痛めるようなこともなかったが、しかし僕の頭の中は混乱と困惑が支配していた。


 周りにいるオーク――側近たちは全員殺した。

 それ以外のオーク共は熊野さんや白月さんを相手にしている最中だ。

 なら、誰が……?


 僕の疑問に答えるように、再び強風が僕を襲う。

 発生源はすぐに予想がついた。


 粘体をグネグネと流動させ、視線を向けた先でオークキングが巨剣を片手に口を開いた。


「ガゥァァァァァア!!」


 唐突に、咆哮。

 それをキーにして風の奔流が集い、放出される。


 ターゲットは明らかに僕だった。

 幾重にも束ねられた風の集合体が、不可視の弾丸となって迫る。


 パァン、と乾いた音が響き渡る。

 数秒遅れて、体の半分ほどが抉れて消えた。


 幸いにも体の核には傷一つ無く、これくらいの損傷であればすぐに修復は可能ではある。

 しかし、これは……。


 僕はゴクリと生唾を飲み……込もうとして、自分が生身の体ではないのに気がついた。


 しかし、そんなことを気にしている暇もなく、僕はズルズルと移動しながら体の体積を元に戻そうと修復に努める。


 オークキングはそんなことをさせるものか、と巨体を揺らしながらも走り寄る。

 その体に見合った巨大な剣を片手に備えて。


 相当な重量があるだろう巨剣だが、キングオークはそれも軽々と持ち上げる。


 オークキングの動きは“液体化”を発動させたままの僕よりも速く、回避、退避の類いはは不可能。

 巨剣が風を切って肉薄、僕の体を一刀両断に切り裂いた。


 けどまあ、効いてはいない。

 何度も言っているように、現在の僕の体はスライムと同じ液状で、物理攻撃の一切が効かない状態なのだから当然だ。


 しかし、徐々に徐々に、剣は体の中に秘められた核を捉え始める。

 都合十振りほどで、剣が核を僅かに擦った。


 このままだとやられると判断した僕は体の一部をオークキングの眼孔に投げつけて“液体化”を解除。


 身悶えるキングを放置して軽く服を纏い、槍を拾う。


 窒息死作戦はもう通用しないというのは分かった。

 なら、もう“液体化”を発動させ続ける必要もない。


 皮鎧を着込む時間まではなさそうなので、装備としてはペラッペラの紙装甲だ。


 すぐさま“黒鬼化”を再起動させることで、素の防御力を上げることは出来たが、それだってあの巨剣を相手にすると考えれば少しばかり心もとない。


 手立てのない現状に歯噛みしながら、僕はノソリと立ち上がるオークキングを睥睨、槍を半身に構える。


 “恐慌の紅瞳”。


 僕は眼光を紅に輝かせた。

 しかし、オークキングの体には異変の一つも見られない。


「やっぱり、効かない……か」


 悔しげに呟き、しかし、すぐさま思考を切り替える。

 半ば、分かっていたことではあった。


 この紅瞳の能力は基本、自分よりも弱い相手にしか効果が無い。

 それどころか、力の差がそう無い相手であれば大して効かない場合もあるのだから。


 ただ、そうなると次にどんな手を取るのがいいのか……残された手段は多くない。

 正直、出尽くした感はある。


 どうする、どうする。


 自問自答し、頭をフルで回転させる。

 けれども、相手は僕が答えを導き出すのを律儀に待っていてはくれない。


 奥の手……は、ないわけではない。


 しかし、あれはリスクが大きい。

 今まででも数回しか試したことのないことだ。


 オークキングがゆっくりと迫る。

 巨剣を肩に担いで、一歩、また一歩、足を進める。


「悩んでいる暇は……ないっ!」


 覚悟を決めろ、僕!

 リスクなんて考えている場合じゃない。


 僕は、自分が死ぬ可能性すらも考慮に入れて、ソレを発動させる。

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