勝利への光明

 再度発動させた“恐慌の紅瞳”。

 対象は僕へと切迫する槍オーク。


 走っている途中で急に恐慌状態に陥ったということもあってか、盛大に頭から地面へと崩れ落ちた。

 これで、少しの間は身動きが取れないだろう。


 杖持ちのオークにたどり着くまで、後一体。

 剣を持ったオークだけだ。


「ガァァァァァァ!!」


 獣じみた叫びが痛いほどに僕の鼓膜を揺らす。

 同時に、サッカーボール大の火球が迫る。


 “放水”。


 レーザー状の水が衝突、火は水蒸気となって消え失せる。

 しかし、それに安堵する暇もない。


 剣を持ったオークが、鬼のような形相で駆ける。

 ドスンドスンと地を揺らし、一歩足を進めるびに腹に溜まった肉が大きく振動する。


 彼我の距離はほんの僅か。

 その距離が、遂にゼロに。


 オークは構えも何もない無茶苦茶な体勢で長剣を振り下ろす。


 ――速い!


 けど、このくらいならどうとでもなる。

 僕はフッ、と小さく息を吐き、剣が接触する瞬間を見計らって“液体化”を発動させる。


 剣が風とともに僕を斬る。

 しかし、その切り口から噴出したのは血ではなく、透明な液体であった。


 剣が体を通過すると、“液体化”を解除。

 服はバッサリと切られてしまったが、体は至って無事。


 “液体化”の発動時間を一瞬にとどめたことで、服が体からずり落ちてしまうこともなく、スムーズに反撃に入る。


 槍を短く持って、突き刺す。

 グリグリと肉に穂先を押し込め、噴き出た鮮血が服を更に汚す。


 ゴフッ、と。

 オークは吐血して数秒で息絶えた。

 体が黒い靄に変わる。

 靄が晴れると、元の場所には拳大の魔石が一つあるのみ。


 はぁはぁと荒く肩で息をしながら、僕は魔石を拾い上げ、そして――投擲した。

 フォームは見様見真似であったが、綺麗な直線を描いて飛来する。


 狙いは火の玉での攻撃準備を進めていた杖持ちのオーク。

 野球等の経験などは皆無だったが、これもレベルアップによる恩恵なのか、魔石は見事命中。


 これだけで命を奪う、とまではならなかったが、しかし隙を作ることに成功した僕は、未だ体を硬直させた槍オークへと遠心力を使った横薙ぎの一閃を解き放つ。


 エネルギーを両腕に溜めた剛力による一撃はオークの体を切り裂いた。


 殺した、という確信があった。

 僕はオークの体が消滅するのを確認する前に忙しなく動き出す。


 もう一周回って冷静になってきた僕とは反対にオークたちの動きは慌ただしい。


 狙うなら、今か……。


 僕は目を細めて、杖を片手に悶絶するオークを睨んだ。


「行ける」


 ポツリと呟き、地を蹴った。

 もう一体の、キングを護衛していた槍オークが僕の動きを察知して踊り出る、がしかし、僕は紅に瞳を輝かせ、束縛する。


 固まった槍オークを無視して、杖持ちに接近。

 疾駆する勢いをそのままに槍を突き出す。


 すると、オークは逃げる間も無く胸に槍を生やす結果となった。

 呆気ない。

 オークは抵抗も何もなく、その肉体を靄へと変えた。


 さあ、これで面倒な個体は排除した。

 ここからは、僕のターンだ。


 僕の中で余裕が生まれ、ニヤリと薄く笑みが零れる。

 残りは未だ硬直の解けていない槍オークが一体と、オークキングだけ。


 僕は一つ息を吐き、再び“液体化”を発動させる。

 今度は一瞬だけの発動じゃない。


 ドロリと体がスライムのような粘液体へと変化。

 それと共に服がズレ落ち、手に持っていた槍もが地面に落ちる。


 それに反応した訳ではないだろうが、ちょうどそのタイミングで、槍オークにかけた“恐慌の紅瞳”の効果が解けた。


 瞬間。


 槍オークはスライム体の僕目掛けて突進、力任せに槍を振り下ろした。


 だが、今の僕の体には物理攻撃が一切効かない。

 特殊なスキル等を使わない限りは。


 当然、その攻撃は僕の体をすり抜けて地面に衝突。

 反動でオークの体が大きく仰け反る結果となった。


 僕はこれ幸い、とオークの顔面に張り付く。

 自分の体の一部とも言える粘液を体内に流し込み、窒息を狙う。


 今度は、今度こそは自分を邪魔する者はいない。

 もがき苦しむオークを尻目に、僕はただ淡々と死へと誘う。


 やがて後生大事に持っていた槍を手放しては両手で喉を掻き毟り、白目を剥いた。


 オークの強靭な握力でもって掻き毟られた喉元は赤い跡がクッキリと残り、僅かに血が滲んでいる。


 でも、死んではいない。

 僕はそれを確認すると、更に奥へ奥へと体の一部を押し込んでいく。

 オークの体を粘液が支配し、限界が達したその時……肉が炸裂音を轟かせて破裂した。


 僕は紅色の血が入り混じった体をくねらせて、体に感じる熱を知覚する。


 ――あとは、お前だけだ……オークキング。

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