魔術系能力

 魔術系の能力を使う個体というのは、大変珍しい存在だ。

 僕だって、ここまでダンジョン攻略を進めてきて、遭遇したのは水熊を含めるとこのオークで二体目になる。


 ギルドから得た情報からも現在討伐された魔術系能力持ちであった魔物の数は日本全国でも四桁行くか行かないかといった程度だとあったはず。

 報告がなされていない、というケースも考えれば、もう少し多いだろうが、それでも誤差の範囲内だろう。


 それにしても、その中の数少ない二体に遭遇する僕は相当運がいいな……いや、この場合は悪いのか。

 僕は苦笑まじりに服についた埃を払った。


 さて、火の魔術能力の対処、か……どうしようか。

 落ち着きを見せ始めた頭で思考しつつ、槍を構えてオークたちを牽制する。

 怒ってはいても、僅かな理性がストップをかけているのか、直ぐにでも襲ってくるような気配はなく、僕はこれ幸いと思う存分頭を働かせる。


 他のオークたちも脅威ではあるが、あの魔術師型のオークさえ居なくなれば“液体化”からの窒息で無双出来る。

 となれば、まずはあの個体を討伐するのが最優先になる。


 とはいっても、そう簡単に殺らせてくれは……しないよなぁ。


 僕をどの程度の脅威と見ているのかは分からないが、最低限の陣形はとっているのだ、コイツらは。


 剣を持った二体のオークを最前線にして、その後ろに二体、槍を持ったオーク。

 それから、その更に後ろが杖を持った例のオーク。

 最後尾にキングオークといった形だ。


 さっきまでの一列に横並び、という舐め腐った陣形はもうとってくれそうもない。


 と、なれば――


「まずはこれだ」


 僕はニヤリと口元を歪めて“水纏体”を発動させる。

 水熊から奪い取った能力の一つで、今まで全く使っていなかった力でもある。

 だが、相手が火系の能力を使うとなれば、相殺するにはいい手段となる。


 さらに、目くらまし。

 “放水”を前衛に立つ剣持ちオーク二体の顔面――特に目を狙ってぶっ放す。


 水とはいえど、なかなかの速度というのもあってオークたちは避けることも出来ずに直撃。

 咄嗟に目を瞑ることぐらいはできただろうが、しかしノーダメージとはいかず、顔を大きく背ける形になる。


 ――チャンスだ。


 僕は意気揚々と動き出す。

 “黒鬼化”によって強化された肉体を十全に使って疾駆。

 目を抑えて悶えるオーク目掛けて刺突を仕掛ける。

 狙いは隙だらけな心臓。

 そこまでに障害は何もない。


 ズブリ、と手に持つ槍が肉に食い込む感覚がダイレクトに手に伝わる。

 普通の魔物であれば、これで死亡は確定だが、オークという魔物はゴキブリにも似た生命力を有する。

 僕は確実に仕止めるために、と更に奥へ奥へとグリグリ槍を押し込んでいく。


 ビチャリビチャリ。

 肉から鮮血が溢れ出し、僕の鎧を、服を赤黒く汚していく。

 しかし、汚れなんてどうとでもなる。

 今はどれだけ確実に殺せるかが重要だ。


 やがて、オークの肉体は靄となって消え失せる。

 ここまでの所要時間、実に十秒。


 もう一体のオークが水による目くらましから回復していた。

 死んだ仲間にきづいてか、激昂して襲いかかってくる。

 それに追随するかのように、槍オークも僕の前へと躍り出る。


 僕はこの身に感じる威圧感をなんとか受け流し、判断を下す。

 まずは槍オークへ“恐慌の紅瞳”を発動。一時的に動きを止める。


 その間にもう一体の剣オークと武器を交える。

 ガギィン、と金属質の高い音が反響し、耳をつんざく。


 “水纏体”を発動させたままの腕を軽く振るうことでオークの目に水しぶきを飛散させる。


 僅かだが、また隙が出来た。

 腰を使って、槍を突く。


「――シッ!」


 口から息が漏れ、渾身と言っても過言ではないソレが放たれた。

 が、しかしだ。


 その一撃は、大きく弾かれた。

 あまりの勢いに体が上へと持ち上がる。


 驚愕に目を剥き、息を呑んだ。

 僕の攻撃を弾いたのは“紅瞳”によって行動を束縛していたはずの槍オークだった。


 チッ、と小さく舌打ちして、僕はバックステップで後退する。

 まず一息つこうと考えての後退だったが、結果的には休息を入れることは出来なかった。


 例のオークによる火の玉攻撃だ。

 不意打ちで一発食らってしまったものの、水熊の能力“水纏体”が僕を守ってくれた。


 火が水に触れた瞬間、水蒸気が発生して熱が襲ったが、そこはそれ、“適応”が上手く発動してくれた。


 最初は小さな火の玉で、そこまでの威力ではなかったが、多少の学習する脳はもっているのか、徐々に徐々に威力、サイズ共に増加してきている気がする。


「クッ、そ……!」


 悪態を吐きながら、僕は必死の回避行動を試みる。

 もうすでに、“水纏体”は解除していた。


 火の玉はバスケットボールよりも一回りほど大きいほどで、もう“水纏体”では防御出来ない威力になっていたからだ。

 その上、細かな動きの邪魔になる、というのもあるが。


 オークたちはこれに乗じて調子付く。


 杖持ちのオークが僕の動きを阻害、誘導し、槍オーク一体と剣オーク一体が襲いかかる。

 念のためなのか、槍オークの内一体がキングオークの護衛役として側にいるようだ。


 実質、三対一。

 上手くやれば、勝てないこともない……か?

 最初は一体だけでもキツイかと思ったが、案外やれるものだな。


 さてさて――


「もうそろそろ終わらせないと……」


 体力がやばい。

 もう底を尽きかけている。


 滴る汗を腕で拭って、僕は瞳を紅く輝かせた。

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