六対一

 チラ、と視線をオークの軍勢と戦う白月さんらへと移した。


 見た感じでは、あっちは問題なさそう。

 白月さんの魔術を軸にして着々とオークの数を減らしていっているようだ。


 そして、犬飼さんと熊野さん。

 こっちはまだ決着はつきそうにない。

 遠目からではあるものの、熊野さんが押され気味で、そのせいか、オークも熊野さんへの攻撃が集中し始めているようだ。


 けれど、彼のことだ。

 なんとかするだろうさ。


 問題は僕の方だよ。

 オークキングと、その側近である上位種五体に狙われている僕は、この中で一番危険な状況にいる人間だと思う。


 否応無く、冷や汗が滲み出る。

 六体のオークたちに睨まれて、自らの意思に関係なく、僕の足は恐怖に震える。


 ああ、全く……さっきので殺せていたらどれだけ楽だっただろうか。


 僕は自虐的に笑った。


 それをどう解釈したのかは分からないが、僕がヘラヘラとバカにしたように笑ったとでも思ったのだろうか、オークキングは憤怒の怒りをさらに燃やして、狂ったように叫びを上げた。


 ――殺してやる。


 そんな強烈過ぎるほどの殺意を叩きつけられ、僕は僅かに足がすくんだ。

 でも、動けないほどじゃない。


 オークたちが僕へと迫る。

 一歩、一歩、と近づいてくる。

 ジワジワと、煽るようにゆっくりと。


 オークたちの顔に、余裕の色が蘇る。


 ――なめるな!


 そう思うのと裏腹に、僕の体は言うことを聞かない。


 救援は望めず、まともに攻撃を喰らえば“適応”がまともに働かない可能性があるくらいの高い攻撃力を備えたオークが六体も僕一人を狙っている。

 物理攻撃であれば、“液体化”での回避は可能になるが、その場合は武器も防具も捨てることになる。


 つまり、その後に僕の取れる行動は撤退のみ。

 服の回収も出来ないとなれば、人前で“液体化”を解くこともできないのに加えて、スライムに間違われて人間側に殺される可能性もないわけではない。

 まあ、これについては白月さんが気づいてくれればいいだけの話ではあるが。


 しかし、できればそれは避けたい。


 僕が撤退するとなれば、当然コイツらは追ってくるだろう。

 そして今、優勢にたっている人間サイド対オークの戦いに更に僕を追ってオークキングたちが乱入するとなれば、戦況はひっくり返ることになる。


 僕の独断専行での作戦が失敗した上で、周りに迷惑をかけるだなんて、できるわけがない。


 このクソみたいな状況に歯噛みしながら、しかし僕は槍を握った。

 弱気を飲み込み、“戦う”という意思を込めて。

 いや、これはもう、ヤケになっていただけなのかも知れない。


 引き攣った笑みを浮かべながら、槍を構える。

 そして、“黒鬼化”を発動。

 それと同時にビキビキと額に黒の角が生える。

 肌は黒く変色し、光沢を持つ。


 これによって身体能力は通常時より上がったのは確かだが、さて、これでどこまで戦えるか。


 気がつけば、オークキングたちはもうすぐそこまで迫ってきていた。

 距離にして数メートル。

 僕が、もしくはオークたちが本気で動こうと思えばほんの一瞬にして詰められる距離だ。


 もうここで待っていても仕方がない、と僕は先手を取った。

 下半身にエネルギーを集中。

 地を蹴った。


「ああぁぁぁぁ!!」


 不安と恐怖をかき消すように、僕は咆哮しながら風を切る。

 横並びになった側近オークを纏めて斬り殺してやる、と僕は槍を長く持って横薙ぎに振り払う。


 だがしかし、そう上手くいくわけもなく。

 五体中三体に避けられた。

 まあ、その中の二体には深手、とは言えないまでもダメージを加えることには成功したため、それだけでよしとする。


 腹部を切り裂かれたオークたちは若干動きが鈍ったものの、そこまで気にした風ではない。

 ドロドロとした血がとめどなく溢れでるのも関係ない、と各々が武器を握る。


 それは王への忠誠か、それとも己の怒りをぶつけるがダメなのか。


 オークたちは一斉に駆け出した。

 僕へと向かって。

 やはり、オークというだけあって上位種でも足の動きはそこまでではない。

 スピードでは僕の方が上だ。

 腕力では僕の方が圧倒的にまけているのだろうけどね。


 それはさておき、だ。

 まず最初に武器を交えたのは剣を持ったオークだった。

 これが、他の奴と同じ粗末な棍棒であったのなら、どれだけ良かっただろう。

 そう思えるほどによく出来た剣。


 重く、早い剣撃が僕を襲う。

 咄嗟に槍でガードを固めるも、僕は強すぎる衝撃に体ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。


 “適応”により、痛みはなかったものの、力の差を感じさせられた。


「次からはなるべく接触は避けるようにしないと……」


 のそり、と立ち上がり、状況把握。ついでに反省。

 吹き飛ばされたことで少しは距離を取れたものの、さて……どう動こうか。


 そんな思考もすぐに停止させられる。


 サッカーボール大の火の玉が飛来してくるのを視認したのだ。

 これはマズイ、と地面を転がりながらの緊急回避。

 すると、元いた場所からド派手な爆裂音が鳴り響いた。


 一体、あれを食らっていたらどうなっていたか……あの種類の攻撃は受けたことがないだけに、“適応”が発動してくれるどうかも分からないし、迂闊に受けることもできない。

 再度、冷や汗が垂れ落ちる。



 僕はニヤリと口元を歪めた魔術師タイプのオークに視線を向けた。

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