決意と行動
その音は、背後から聞こえた。
そして、それを確かめるように、僕は後ろを振り返る。
「白月、さん……?」
彼女は、震える手で短剣を構えていた。
手だけではない。
足が、体が、吐息が、恐怖と緊張で震えていた。
しかし、彼女の瞳の奥にある、その決意だけは揺れてはいなかった。
「わた、私、が……私も、戦う。戦わなきゃ……!」
ガチガチと歯が震え、しどろもどろになりながら、しかし彼女は地に足つけて、立っていた。右の手に短剣を構えて。
彼女は、実際に剣を交えて戦うわけではない。
魔術を用いて、遠距離からの攻撃が主である。
だが、攻撃するということはつまり、相手からのヘイトを集めるということでもある。
ましてやこの状況だ。
感じる恐怖はいつもの比ではないはず。
それでも、彼女は僕よりも、いや熊野さんを除くこの場の誰よりも早く戦う意思を示して見せた。
十八歳の若い女の子が全身震わせながら戦おうとしているというのに、いい歳した男たちが黙って見ているわけもなく。
徐々に徐々に、戦意が膨らむ。
白月さんを起点にして、その熱気は広がりを見せた。
そして、それは僕も同じだ。
白月さんがこれだけ頑張ろうとしているのに、僕だけがいつまでも動けないでいるだなんて、ダサいにもほどがある。
震える手で槍を強く、強く掴んで離さない。
大丈夫、僕は戦える。
そう自分自身に暗示をかけて、見据える先はオークの大群。
その先にいるオークの王――オークキング。
あいつを倒せば、多分全部終わる。
直感が告げていた。
第一に優先すべき討伐対象は、あいつだ。
広いようで狭い、このダンジョンの一室で、僕は小さく、しかし荒く息を吐いた。
はっはっ、と断続する吐息は緊張感を与えるとともに僅かながらの冷静さを取り戻すことに一役買った。
僕は、これまでで一番静かに、目立たないように意識を集中させながら、スキルを発動。
――“黒鬼化”
あたりを見渡せば、丁度白月さんが【氷魔術】による氷塊を幾多にもわたって展開している最中であった。
オークの目のほとんどは今、その派手さも相まって彼女に注がれている。
好機、と判断した僕は動き出す。
いつもの超高速での疾走ではない。
ひたすらに気づかれないよう、気配を消すことを念頭においた慎重な動き。
誰に言うでもなく、行動を開始した僕だったが、一瞬、ほんの一瞬だけ、熊野さんと目が合った気がした。
あの人には敵わないな、と思いながらも足だけは動かす。
オークキングは、オークたちの最後列にて踏ん反り返っている。
そして、その周辺を守護するオークが五体ほど。
そのどれもが、他のオークとは一回り以上に体格が良いように見える。
恐らくは上位種。
一体だけなら、なんとか出来ないことはないだろうけれど、しかし五体となると正面戦闘で討ち取るのは至難の技。
なればこそ、ここは“暗殺”で行こうと思っている。
極力気づかれないように背後に回ってキングの首を跳ね飛ばし、即撤退。
いままでやったことは一度もないが、それでも、賭けるならこの方法が最も可能性として考えられる。
向かう先にあるオークたちの壁。
まさに肉壁と呼ぶべきそれにも、薄いところはあるものだ。
白月さんの【氷魔術】に意識を持っていかれているオークに近づき、一突き。
この時、悲鳴で周りに気づかれないように口を手で塞ぐ。
フグッ、と声を漏らして、力が抜ける。
肉に刺さったままの槍をグリグリと押し付けて、死亡を確認。
周りに余計な血が飛び散らないように注意しなければいけないから大変だ。
手と槍にベッタリと付着した赤黒い血と唾液が不快感を煽る。
数秒後にオークの死体が黒い靄へと姿を変えたのを確認すると、次の標的へ。
また、同じように殺していく。
僕のことに気がついた白月さんが、さりげなくフォローを入れてくれたおかげでスムーズに事は進んだ。
途中何度か体が熱くなる感覚を覚えた。
レベルアップだ。
けれど、そんなことに構っている暇もなく、ただただ手と足を動かした。
あと少し。
あと少し。
オークで出来た壁を抜けた先に、奴らはいた。
標敵、オークキング。
大丈夫。
まだ、気づいていない。
視線は前方。
つまり、白月さんの魔術、または犬飼さんと熊野さんに注がれている。
行ける行ける行ける行ける。
殺せる。
足音を完全に失くし背後に回る。
槍は暗殺には不向きであることは分かっている、が、僕の武器はこれだけだ。
ああ、いや――あったか、これ以外にも。
明案かもしれない。
この作戦がうまくいけば……。
僕はニヤリとほくそ笑んだ。
……体を震わせながら。
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