オークの嘲笑

 オークたちの王――オークキングは部下の後ろに隠れて人間たちの必死の抵抗を眺めていた。


 今のところ、自軍が人間側に押されているようではあるが、ざっと見で厄介なのは三、四人程度しかいない。

 その中でも二人ほどヤバイ奴らがいるな、というのはオークキングも見て、分かってはいた。


 しかし、恐れることはない。

 こちらの兵はまだまだ尽きることはなく、それに対して、数の劣る人間たちは少しずつ少しずつ体力が削れていく。


 特に、先頭にて指揮をとりつつ剣を振るう二人の男たちは戦闘開始間もないというのにトップギアで動き続けている。

 あんな調子で動いていて、体力がもつはずがない。


 オークキングは自身の勝利を半ば確信し、ほくそ笑んだ。

 これならば自分が前に出るまでもないな、と。


 配下のオークたちは王の命令に忠実に従い、人間を襲う。


 オークキングはもともと、ここのボス部屋にて数体の部下を持っているだけに過ぎず、そして、自らの力で部屋を出ることは出来なかった。

 だが、今はどうだ。


 なんの因果か、あの窮屈な牢屋とも言える部屋を飛び出すことに成功し、部下は数百にまで膨れ上がった。


 そして、もともと部下であったオークたちは自身の側近として置いているが、何故だか前よりも体躯が大きくなっているように感じる。

 が、まあ、そんなことはどうでもよかった。

 なんにせよ、自身に逆らうことのない駒であることには変わりがないのだから。


 オークキングはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 ◆


「――クッ!」


 戦局は優勢でありながらも依然として苦しいままであった。


 果たして会敵からここまで、一体どれだけ時間が経っただろうか。

 腕につけた時計を見る暇すら惜しい今の状況下では正確な時間は分からず、体感で言うのならば、だいたい一時間程度だろうか。


 いや、興奮状態の場合は体感時間が短く感じる、という話も聞く。

 もしかしたら、自分が思っているよりも大分時間が経っているのかもしれない。


 最低でも一時間として、だ。

 やはり皆、体力の消耗が著しいようである。


 戦意だけであれば、まだまだ相手方にも劣ってはいないが、それでも体力のあるなしは戦況を大きく左右する。


 いまだ余裕のある者といえば、僕や熊野さん、犬飼さんを含めてあとは数人。

 白月さんも魔力の消費が多いのか、若干眉を顰めている。

 よくよく見れば、顔色も白くなりかけているではないか。


 このままだと、時間が長引けば長引くほどに僕たちは不利になっていく。

 そう思考が至り、焦りが出始める。


 疲労で体が動きを止め、オークの棍棒による一撃を諸に受けた一人の自衛隊員が擦り切れるような悲鳴をあげた。

 体は宙を舞い、重力に従って落下する。

 一回、二回と地面を転がり、動きが止まったものの、その容態は見るからに重傷であった。


 右腕と左足がありえない方向に折れ曲り、額からは出血。

 さらには無事だった左手で腹を抑えてうずくまったまま立ち上がる気配がない。


 それを皮切りに、オークたちの攻撃は苛烈さを増していく。

 もともとの非情で残忍な性格も相まってか、地面で呻き、体を丸める隊員たちへと過剰なまでに追撃を加える。


 折れた足へ、さらに棍棒を振り下ろし、顔面を踏み抜く。

 百キロは軽く超えるだろう体重をもつオークの踏みつけだ。

 そりゃあ痛いことだろう。

 ゴリッ、と鳴ってはいけない音が聞こえた。


 オークが足を離せば、そこには顔面を赤く腫れあがらせて鼻を歪に変えられた男の姿があった。

 鼻からは多量の血が流れ、瞳からは絶え間なく涙が滴る。


 男は悔しげにくぐもった声を漏らし、反対にオークは愉悦に顔を歪ませた。


 我慢の限界だったのか。

 仲間をやられた恨み、と別の隊員が勝手に持ち場を離れてオークへの襲撃を試みる。


「待てっ!」という周りからの制止を振り切って、その男は三メートル近い槍を構えて突っ込んだ。

 僕とは少しばかり構えが違う。

 それは流派による違いだろうか。


 いや、今はそんな疑問はどうでもいいか。


 男は憎悪に染まった瞳を輝かせて、槍を薙いだ。しかし、彼は疲労のせいか、それとももともとなのか、周りを見る能力というものが欠落していた。

 横合いから迫るオークの姿に気づいていなかったのだ。


「グァッ――カ、ハッ」


 横薙ぎの棍棒が腹を叩いた。

 彼もまた、さっきの隊員と同じ運命を辿った。


 それからは、雪だるま式に被害が拡大していく一方。

 遂に僕たちはその数を半分以下にまで減らしていた。


「ここから、どうやって逆転しろって言うんだっ!」


 意味もなく、僕の口から悪態が漏れて出る。

 それが無意味なものだと分かっていても、言わずには居られなかった。


 僕を含めて、犬飼さんも、熊野さんですら、肩で息をしているのが現状であるのだから。


 僕は悔しげに唇を噛み、オークを睨め付ける。


 そんな僕たちを嘲笑うかのように、オークたちは咆哮した。

 果たしてそれは、どんな意図をもってのものなのか。


 自身への鼓舞か、嘲笑か、生き残れることへの安堵か、それとも――勝利の確信か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る