開戦
「来るぞ! 構えろ!!」
「オォ!」
エキサイトしている犬飼さんの号令に遅れて二十数名の隊員たちが野太い声で答える。
ピリッと切迫した空気感が漂いはじめた。
やがてドンッドンッと、地響きのような足音が届き、それと同時に豚の雄叫びが耳を汚す。
視認からの接敵は早かった。
豚――オークの軍勢は所狭しと通路を塞ぎ、侵攻してくる。
その数はもはや数えることすらも困難であった。
誰が見てもわかるほどの圧倒的な数の差。
だかしかし、僕たちの戦意が揺らぐことはなかった。
その要因の一つに数えられるのは、やはり犬飼さんだろう。
オークキングの姿を確認するやいなや、彼は腰に携えたブロードソードを抜きはなち、単身突っ込んでいったのだ。
僕だけでなく、皆が少しの間呆然と見ていた。
ただただ、犬飼さんがオークを斬って斬って斬りまくる光景を。
その姿は、まさに鬼。
戦鬼とも言える堂々たる立ち居振る舞い。
僅かに浮かべた残忍な笑みをそのままに、彼はひたすら豚の大群を斬って捨てる。
声はオークの叫びに掻き消されて聞こえないが、彼はたしかに笑っていた。
犬飼さんに続くように、熊野さんが前に出る。
熊野さんの手にもつ武器は極々普通の長剣。
見るからに量産型、というのが見て取れる安物だった。
熊野さんレベルの人であれば、もっといい武器を買えるだろうに。
僕が頭上に疑問符を浮かべるが、そんなことに一々答えるわけもなく、熊野さんは黙って地を蹴り、風を切る。
溢れる戦意と殺気が問答無用でオークたちからの注目を集める。
しかし、熊野さんはそんなことを気にした様子もない。
まるで、そこらに転がるゴミを見るような冷めた目で、彼はオークの軍勢を睥睨した。
「――死ね」
短く告げれたその一言に、僕は背筋が凍るような寒気を覚えた。
自分が言われたわけではない。
それにも関わらず、否応無しに体がブルリと震えたのだ。
次の瞬間、熊野さんは駆ける勢いをそのまま剣に乗せて、疾風の一閃をオークの頭蓋にぶち込んで見せた。
彼の剣は、刃こぼれの一つも無くオークの頭をかち割った。
あの、いかにも耐久性に難のありそうな剣で、だ。
僕が、いや、ほとんどの人があの剣をオーク相手に使えば数合と持たずに刀身がへし折れることだろう。
しかし、熊野さんは違った。
彼が振るえば、あんな武器でも十分過ぎる凶器となる。
袈裟、逆袈裟、横薙ぎ、刺突。
どんな攻撃だろうとも、最適な動きを導き出すのだ。
見惚れるほどの所作でオークを斬り殺しては血の雨を降らせる彼の姿に、少しの間見入ってしまった。
しばらくして、ハッ、と己の意識を現実に呼び戻すと、慌てて僕も加勢に入る。
“黒鬼化”にて身体能力を強化。
槍を握って、疾駆する。
強化された脚力が、僕の体を前へ押し出す。
人間からのまさかの反撃に戸惑いを見せていたオークたち。
そこに新たに乱入してきた人間ということもあって、彼らの警戒心はマックスまで引き上げられていた。
だが、この狭い道を体の大きいオークが何体も並んでいたら身動きが取りにくくなるのは分かりきっていたことだった。
……僕たち人間にとっては。
しかしながら、頭の出来がよろしくないオークたちには考えも及ばないことだったのだろう。
ワラワラと無駄に群れ、自ら行動出来る範囲を狭める。
なんとも愚かなことではあったが、それを指摘する者なぞいるわけもなく。
僕はまず、一番手前にいたオークに“放水”によって目くらましを仕掛け、これで少しばかりの隙が生まれる。
その間に腰の回転を上手く活かした渾身の一突き。
オークがもろ目に入った水に悶絶しているところをズブリ、だ。
が、やはり、その分厚い肉による装甲のせいで無駄に耐久力だけは高いようだった。
胸へと――正確には心臓を狙った一撃だったが、狙いがズレた。
口から吐血しながらも、オークは子供のように無茶苦茶に腕を振り回す、所謂グルグルパンチで僕を牽制する。
当たるとは思っていないが、もしなにかの拍子に直撃でもしようものなら重傷は確実な威力を持つことだろう。
そんな懸念もあって、僕は一旦バックステップで距離を取る。
チラ、と視線を他所に向けると、至る所で戦闘は勃発していた。
そして、その中でも一際目立つのが、やはり犬飼さんと熊野さんの二人だ。
剣を片手に一騎当千。
いや、流石に千体を相手にしているわけではないが、それでもそう比喩したくなるほどの無双っぷりだったのだ。
白月さんも、お得意の【氷魔術】でもって援護に徹しているようで、時折「助かった」やら「ありがとう」やらの声が所々で聞こえてくる。
戦況は今のところ優勢で、見たところ死人も出ていない。
しかし、相手方との兵力差は依然として開いていたままであった。
さて、ここからどうするか――。
僕は、一人静かに思考を巡らせる。
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