鼓舞
「おまたせしました」
僕らの予想通り、十を超える自衛隊員を引き連れて現れたのは熊野さんだった。
彼らの様子から察するに、全体で一番偉いのは熊野さんみたいだ。
彼に注がれる視線の種類は尊敬の色が多くを占めている。
熊野さんは僕たちを見て驚いたような顔を浮かべ、しかし今は犬飼さんから詳しい情報、状況を聞き出す方が優先だと判断したのか表情を引き締めて犬飼さんの下へと足を運んだ。
その他の隊員さんたちも、この場に一般の探索者がいるのに驚いたようだった。
中には僕らのことを認知していた方もいたようで、軽く会釈や挨拶を済ませた。
そんなこんなで時間を潰し、一時間ほどが経った頃だろうか。
事態は動き始める。
「見つけました!」
件の探知系スキルを持つ自衛官が切迫した声を張り上げた。
索敵範囲内に対象――オークキングを含めたオークの軍勢を捕捉したのだろう。
それと同時に現場は張り詰めた空気に覆われる。
「どこだ!」
「前方、どんどん近づいて来ます! このままだと五分以内に接敵! 今すぐ戦闘準備をっ!」
怒声にも近しい犬飼さんの声に、焦燥の含まれた返答を返す。
それは僕たちを含めたこの場の全員に尋常じゃないまでの緊張感をもたらした。
不安と、ざわめきが広がりだした。
中には実地での戦闘経験の少ないものだっているだろう。
そんな中での大規模な交戦。
最前線に立つ高レベルな者であれば、オークの二、三体を同時に相手取るくらいは余裕だろうさ。
僕でもなんとか二体までなら戦える。
しかし、聞いた話によれば、自衛隊では即戦力として前線に出すためにトップレベルの探索者がつきっきりでレベル上げを手伝う、養殖なるものがなされているのだとか。
その場合、たしかにレベルは上がり、それに伴って身体能力の向上は見込めるが、代わりに度胸や戦闘勘、戦いにおけるペース配分、実戦における立ち回り等についての経験不足が露わになる。
それは、この場において致命的だった。
今更になって騒ぎだした連中は大体が養殖された量産型高レベル探索者と見て間違いはないはずだ。
僕は顔をしかめて小さくチッ、と舌を打った。
不味い雰囲気だ、と直感的に悟っていたからだ。
なんとかしなければ。
そう思っていても、部外者の僕ではどうしようもない。
僕が何を言ったとしても、彼らの心に響く何かを伝えることは困難だ。
現状に歯噛みし、思考を巡らせる僕をよそに、犬飼さんが口火を切った。
「みんな聞いていたな、戦闘準備だっ! すぐにオークどもがこっちに向かってくる! だが、恐れるな。相手はただの豚だと思え! 奴らに出来ることなんてのは突っ込んで来るか、バカのひとつ覚えみたいに棍棒振り回すだけだっ!」
犬飼さんの、さっきまでの穏やかな顔は鳴りを潜め、ニィッと凶悪なまでに口角を上げる。
荒々しい言葉遣いは、何故だかとてもよく馴染んでいた。
本来はこっちが素なのだろう。
隊員たちは一瞬の間、呆気にとられ、そして歓声を上げた。
そこには、自らを鼓舞する意味合いも含まれているように感じた。
「不安な奴は一体につき二人でことに当たれ! その分は俺たちがフォローしてやる! 死ぬのが怖い、怪我をしたくない、そう思っている奴は心の中に自分の大切な人でも思い浮かべてみろ。……これで案外、心が落ち着くものだ。絶対に死なない、殺させない……なんてことは保証できないが、それでも俺はここにいる全員と、生きてこの作戦を成功させるつもりだ!」
言葉がだんだん熱を持ち、伝播する。
各々が力強く武器を抱き、決意の炎を滾らせる。
「すごいでしょう……彼」
背後から静かに近寄って来たのは熊野さんだった。
突然のことでビクリと肩が跳ねた。
が、彼はそんなこと、一々気にしていない様子。
フッと苦笑いを浮かべながら、僕は首肯で返す。
横に立つ白月さんもコクコクと頷いている。
「犬飼くんは真面目な風に見えて、実は元々暴走族のリーダーだったんですよ?」
何の気なしに告げられたそれは、案外衝撃的な事実だった。
「え……全然そんな風には見えませんね」
「頭良さそうな感じです」
僕の言葉に同調して、白月さんも声を乗せる。
頭が良さそう、というのはメガネをかけているからだろうか? 流石にそれは偏見だと思うのだが。
「なんでも、昔自衛隊の人に助けられたとかっていう理由で入隊したとか。まあ、その方にはまだ会えていないって話ですけど」
「へぇ……だから、あんなに人を動かすのが得意なんですかね」
暴走族とはいえ、集団のトップを張っていたのだったら、それをまとめ上げる能力が必要になるだろうしね。
それなら、不思議はない……のかな?
「その名残で、興奮するとああやって言動がちょっとだけ昔に戻っちゃうんですけどね」
熊野さんは少し、微笑ましげに犬飼さんに視線を向けた。
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