王種

「王種?」


 僕は聞いたことのない言葉に首を傾げた。

 白月さんも同様に疑問符を浮かべている。


「王種といえば、一階層のフロアボス、ゴブリンキングもそうですね。戦闘能力、指揮能力に優れた、種のトップに君臨する、名前の通り王と言える存在です」


 犬飼さんは淡々と言葉を続けるが、僕としてはその脅威をあまり理解できないでいた。

 あのゴブリンキングと同種、と言われてもあまり強いとは思えないのだ。


 そんな僕の考えが顔にでていたのか、犬飼さんは苦笑を浮かべた。


「そもそもの話、王種というのは直接戦闘するよりも配下を支配して集団で戦うことを得意としているのですよ。まあ、直接戦闘の能力も普通の魔物より数倍は高いのですけど」

「そう、なんですか……」


 とはいえ、僕たちの戦ったゴブリンキングは数体のゴブリンを配下にしていたに過ぎない。

 その統率力による脅威は感じにくい環境だったのだろう。


「話を続けますね。……今回問題になっているのはそのオークキングがボス部屋ではなく、このフロア内に現れた、ということなのです。つまり、ボス部屋の中にいる数体の部下だけに限らず、このワンフロアに存在する全てのオークを統率、支配できるのですよ」


 次々と飛び込んでくる新たな情報を頭をフル回転させながら処理し、まとめあげる。


「もともと、オークキングは六階層のフロアボスだったはずなんです。これまで、フロアボスはボス部屋からは出てこれない仕組みだと、私たちは考えていました。しかし、それが今回になって根底から覆されることになったのです」


 わずかに焦りを滲ませた彼の瞳は、しかし同時に決意に満ちた熱を孕んでいた。

 それは、死地を選んだ戦士の瞳であった。


「このまま放っておけば、戦力はさらに拡大し、オークたちは下階層へと足を向けることでしょう。そして、地上にオークの軍勢が解き放たれれば、数多くの命が失われることはまず間違いありません。そして、その中には私たちの家族もいる。私は――私たちは家族を守るため、人々を守るために戦う腹づもりです」


 貴方たちは、どうしますか? と。

 言外に彼はそう告げた。


 僕からしてみれば、赤の他人がどうなろうと関係はない、だがしかし、この近くには見知った顔が大勢いる。

 源や立花さん。白月さんのお母さんに、智也。

 中のいい人、といえば数えられる程度だが、それでも守りたいと思えるひとがいるのだから、僕は彼らを守るために犬飼さんたちと一緒に戦いたい。


 白月さんは瞑目し、やがてゆっくりと目蓋をあげた。

 僕たちは互いに顔を見合わせ、頷いた。


「戦います、一緒に」


 僕らの意思は一致をみせた。


「本当にいいんですか?」


 犬飼さんが、最後の確認とばかりに問うてくるが、もう決めたことだ。

 白月さんも、譲る気は無いと強く頷き小さく握り拳をつくっていた。


 ◆


「それで、オークキングってのは今どこにいるのか、分かっているんですか?」


 僕は犬飼さんに現在、彼らが得ている情報の開示を求めた。


 戦いの前の情報収集というのは案外大事なもので、どんな小さなことでも役に立つことは多い。

 ましてや、それが初見の相手であればなおさらだ。


「いや、それは今探っているところですね。私たちの仲間に探知系のスキル持ちがいるので、彼に頼っている感じです」


 なんでも、索敵等のサポートは得意だが、戦闘面が苦手な人のようで、自衛官にしては珍しいのかな? と思った次第だった。

 実際見てみたところ、ほかの隊員よりも大分線が細い印象だ。


 犬飼さん曰く、「彼には戦闘方面ではそこまで期待はしていない」だそうだ。

 まあ、自衛隊に入ったというだけあってそこそこ程度には動けるようではあるのだが。


 若干、話が逸れたが、聞きたいことはそれだけでは無い。

 時間がないからか、自然と早口になっていくのを自分でも感じていた。


「あとは人数ですけど……もしかして、これで全員ですか?」


 僕たちを合わせて十と二人。

 話を聞いた限りではオークの数は軽く百を超えるとのことだけど、この人数で勝てるとは到底考えられない。


 たしかに、戦いに参加するとは決めたが、死ぬのが分かりきっている戦には参加したいとは思えないものだ。


 渋い顔を浮かべた僕に、犬飼さんは静かに首を横に振った。


「いえ、応援の要請はもうしてあるんです。多分、もうすぐ着く頃だと思いますけど」

「応援?」

「はい、柊木さんたちが知っている人もいますよ」


 そう言って、彼は胸元のポケットからスマホを取り出した。

 それと同時に、プルルッと小さく振動。

 電話だろう。


 犬飼さんは一コールの内に出た。

 一言二言犬飼さんが口を開いた後。


『もう着きます』


 小さく、一言だけだった。

 しかし、彼のスマホから聞こえた声は、僕たちにとっての恩人の声だというのは、すぐに理解できた。


「まさか、熊野さん……?」


 僕の呟きに答えるように、犬飼さんは仄かに笑った。

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