対オーク
「ブギィィィッ!」
それは、オークの悲痛な鳴き声だった。
僕は誰にも気づかれない内に、とオークの背後をとって奇襲を仕掛けたのだ。
ズブリ、とオークの分厚い肉に穂先が食い込み、どろりとした赤黒い血が溢れ出す。
槍を引き抜くと、更に血飛沫があがった。
心臓を貫いた為か、追撃はいらなかった。
一撃必殺だ。
しかし、このオークの叫びに反応して、僕の存在は周知のものとなってしまった。
数十というオークの視線が僕を向き、見知った自衛隊員たちもまた、僕を視認して驚きに声を上げた。
直接話をしたことはないものの、熊野さんと交流があったからか、僕らが一般の探索者としては最前線にいるということを知っていたのか、それとも全く違う理由なのか、僕のことを少しなりとも知っている人が多いように感じた。
「援護します!」
言葉少なにそう声を張り上げて、僕は一人、槍を構えた。
彼らからの返答はない。
でも、少なくとも否定的な雰囲気はなかった。
おおむね歓迎していると考えていいだろう。
突然現れた僕に呆気にとられていたオークたちだったが、ようやく状況を理解したようで、勇ましい雄叫びでもって威圧してくる。
一番近くで、忌々しげに僕を睨んでいたオークは怒号と共に棍棒を片手に突撃。
まるで猪のごとき突進だったが、狙いがバレバレなのに加えて鈍足、いや豚足なのが幸いして、軽々と回避に成功した。
突進の後のことをまるで考えていなかったのか、空ぶったあとは無様にも頭から地面に転がりこんだ。
――無防備。
僕は一片の情けもなく、その心の臓に槍先を突き立てた。
やがてボワリとオークの死体は黒い靄となって消え失せ、その場に魔石だけを残した。
続いて、肉薄してきたのは体中のところどころに傷を負ったオークだった。
どれも新しい傷なようで、いまだ血が滲んでいる。
それ故か、動きはさっきの個体よりも数段鈍い。
勢いと、オークの尋常ならざる膂力をもって繰り出された棍棒による振り下ろしを横に滑るようにして避けると、隙だらけな横腹に横薙ぎの一閃。
これで両断、とまではいかなかったが、それでも半ばまで胴体を切り裂き、臓物を床にまき散らす。
休んでいる暇はない。
途切れることなく襲いかかってくるオークの軍勢に僕はひたすら槍を振るった。
時折、氷の塊が飛んできてはサポートしてくれるのもあって多少は楽になったものの、しかし、途方も無いほどの数のオークに辟易としてしまう。
疲れで僕も動きが鈍り始め、オークに殴り飛ばされたのも一度や二度では済まない。
まあ、“適応”によって耐性の付いていたお陰であの程度であれば十分耐えられるものだったが。
それから、オークの掃討が完了するまでしばらくの時間を要した。
あたりの床一面は血色の赤に染まり、しかしオークの死体は残らず魔石を含めたドロップアイテムに姿を変えていた。
「援護、ありがとうございました。あなた方がいなかったら私たちは全滅していたかもしれません」
オーク殲滅終了後、白月さんと合流した僕は彼ら自衛隊員で構成された探索者パーティ、そのリーダーに深々と頭を下げられていた。
自らを犬飼と名乗ったその男は迷彩服に幅広のブロードソードを腰に携えたインテリメガネ、といった風貌だった。
素人目から見れば明らかにインドア派ではないのか、と疑うほどに細身ではあるが、体幹がしっかりとしていて細いながらも中身の詰まった筋肉の存在がうかがえる。
そんな彼は、なんでも熊野さんとは同期なのだそうで、僕たちのことはよく聞いている、とにこやかに笑った。
僕たちは、平身頭低といえるほどに腰の低すぎる犬飼さんに困惑しながら話を聞いていた。
今回の戦果としては人間側に死者はなし。怪我を負った者はいたものの、しかし重傷というわけでもないらしく、これを聞いた時はホッと胸を撫で下ろしたものだ。
「でも、なんでこんな所に、あんな数のオークが集まっていたんですか?」
今回のことは明らかに自然とは思えないことだった。
少なくとも僕は、今日に至るまで聞いたこともないような現象だ。
もしかしたら六階層から起こることなのか? なんてことも考えたけど、それならそれでギルド側が知らないわけがない。
そして、ギルドが知ってるとしたら、無駄な死者を減らすためにそういった情報は公開しているはず。
しかし、僕はそんなことは見たことも聞いたこともなかった。
であるならば、特殊な事例だった、ということだろう。
そこまで検討がついていて彼――犬飼さんに尋ねたのは彼ならば何か僕の知らない情報を持っているかもしれない、と直感的に思ったからだ。
「それは、ですね……」
静かに、犬飼さんは口を開いた。
「いるから、ですよ」
「いるから?」
焦らすような言い方に焦れったい気持ちになりながらも僕はおうむ返しで疑問を呈する。
何が? と。
「オークの王、オークキング。正真正銘、王種の魔物です」
犬飼さんの声音は真剣そのものであった。
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