オークの群れ
「ごめん、ちょっと遅れた」
走って来たせいか、少し乱れた息を整えながら、僕はいつもの戦闘服を着込んで一人ギルド前に佇む白月さんに声をかけた。
「いえ、気にするほど待っていませんよ。このくらいなら誤差の範囲内ですから」
僕の姿を確認するやいなや、白月さんは柔らかな笑顔で言葉を返す。
本当に、最初の頃と比べると対応が天と地ほどに違う。
まあ、悪いことではないので別にいいのだが。
僕は一人、白月さんに気づかれないように手で口を隠して小さく笑った。
「もうそろそろ混んでくる時間帯ですし、行きましょうか」
「うん、そうだね」
僕らは互いに顔を見合い、足を進めた。
◆
所変わってダンジョン六階層。
僕らは二時間ほどを要して新たな階層、第六階層へと足を踏み入れた。
「魔物、みつかりませんね」
ポツリと白月さんがこぼした。
六階層に進出して十分ほどが経過したが、いまだ魔物との遭遇はない。
五階層までは十分やそこらもあれば一体くらいは魔物が見つかったものだが。
「まあ、そういう時もあるよ」
「そう、ですね。でも……」
白月さんは思案げに眉をひそめた。
これは別に異常事態、というほどのことでもない。
少し気になる程度のことだ。
しかし、魔物というのは基本、本能のままに生きているらしいので、僕ら人間を一目見れば襲ってくるようなのがほとんどだし、足音を聞いてそれが人間のものだと認識すれば、これまた襲いかかってくる。
だから、こんなにも静かなのは気になるのだ。
「六階層はそもそも魔物の絶対数が少ないのかも知れないね」
他の階層を見ても魔物との遭遇率はまちまちであったし、そういうこともあるのかもしれない。
そう思い、予測をつける。
が――
「見つからない……」
あれからかれこれ一時間は経っただろうか。いまだに僕らは魔物を見つけることが出来ないでいた。
これはいくらなんでもおかしい。
異常、といっても差し支えないくらいには。
例のごとく、僕は事前にギルドから六階層の情報は仕入れていた。
基本的にこの階層に住み着いているのは豚の魔物――オーク。
二足歩行で手にはきちんと武器を装備し、そして低いながらも知能を持つ魔物。
防具の類いは身につけていないのがほとんどとのことだが、彼らの厚い脂肪とその奥に秘められた筋肉はそう簡単に攻撃を通さないのだとか。
このオークという魔物は一際人間への興味が強いらしく、殺された人間は骨も残さず食い尽くされるという情報もあった。
これについては嘘であって欲しいものだが、ギルドの情報であるのだし、信憑は高い。
また、オークは群れて行動することが多く、二〜四体での行動が基本。
それ以外の特徴として、一発の攻撃力は高いのだが、体が重く、動きが鈍いのに加えてドスンドスンと足音が非常にうるさいので発見は容易だ、と言われたのだが、そんなオークが一体も見つけられていない。
僕はこの時、なんだか嫌な予感を察知していた。
が、察知していたからといって避けられるものでもなかったのだが。
遠くで、ガギィンッと、金属同士がぶつかる音が反響して聞こえた。
体感では相当遠くに感じた。
「――魔物っ!」
僕たちは敏感にもその音に反応してみせた。
戦闘音がする、ということは少なくとも何かしらの生物がいるということに他ならない。
僕らは急ぎ、音の聞こえる方へと歩んで――いや、走る。
折角の獲物だ、逃げられてはかなわない、と体力は残したまま、しかし全力で疾駆した。
数度の曲がり角。
それも時折聞こえる音に従い、一つ、また一つと進んでいく。
そうしていくうちに、僕らはこれまでとは異なる、ひらけた空間に出た。
そして、そこにあったのは数十の、巨大な木の棍棒を持つ人型の豚――オークと迷彩服に身を包み、剣やら槍やら槌やらで武装した十人ほどの人間たちの姿だった。
その姿には見覚えがあった。
というか、見たことのある顔ぶれだ。
「あれって……」
白月さんも気がついたようで、驚愕と混乱の入り混じった顔を浮かべている。
「うん、熊野さんと同じ、自衛隊の人たち……だよね」
「はい、おそらくは」
僕たちはいまだどちらからも気づかれていない様子。
都合がいいので、今はこのまま隠れていることにする。
「それで、どうする?」
見たところでは、彼らは僕たちよりもレベル、技量、胆力、どれにおいても勝るだろう。
しかし、数の差が激し過ぎるのか、少しずつ、少しずつ劣勢になっているように感じる。
乱戦に持ち込まれ、互いに連携が取れていない。
「このままだったら、たぶん……」
「うん、負けるだろうね。このままだったら」
僕たちが入ったところで、どうなるかは分からないが。
最悪の場合、助けに入った僕らが邪魔になって全滅する、なんて可能性もあるわけだけど。
冷淡にそう告げると、しかし白月さんは迷う様子もなく、即応した。
「――助け、ましょう」
僕は、彼女の決断に小さく微笑んだ。
反対する理由もない。
寧ろ、僕も同じ考えだった。
ただ、白月さんの意思を知りたかっただけ。
反対するのなら、彼女だけでも下がらせたのだが、そうでないというのなら――
僕は背中に背負った槍を抜き、手に握る。
強く、強く。
「――分かった。それじゃあ、行こう」
「は、はいっ!」
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