デート(4)
「あー歌った歌った」
かれこれ一時間。
僕たちはカラオケで時間を潰していた。
ちょうどいい疲労感と開放感に身を委ね、白月さんの横顔を盗み見る。
彼女も普段のストレスを多少なりとも発散できたのか、先程までよりスッキリとした表情だ。
予想通り、白月さんは歌も上手かった。
カラオケは初めてとのことだったが、だからといって音痴ということにはならないようだ。
もし、これで音痴だったら、まあ、それはそれで普段とのギャップがあって萌えるかもしれないが。
「白月さんはどうだった?」
さりげなく質問する。
たったの一時間だけだったが、ちゃんと楽しんでもらえたのか、と。
若干の不安を感じながらも、それを内面に押しとどめて問いかける。
「楽しかったですよ。なんだか新鮮な感じがして」
初めてというのもあってなのか、つまらなかった、とは思われていないようだ。
それだけでもなんだかホッとした気分になる。
「時間もちょうど良いですし、もうそろそろ映画館の方に向かいましょうか」
白月さんに言われて気がついた。
そういえば今日のメインは映画だったな、と。
カラオケが楽しくってつい忘れていた。
腕時計に目を向けると、九時四十分を過ぎたあたり。
彼女のいうとおり、ちょうどいい時間だった。
コクリと頭を振って肯定すると、足を進める。
例の映画館にはあれから十分程度で到着した。
さっきも見たのだが、やはり大きい。
地元の映画館といえば、デパートの中にポツンと小さいものがある程度で、この規模とは比べ物にならないくらいだ。
感嘆の息を漏らし、しかし時間もないので十分に堪能する暇もなく館内に入っていく。
館内は都内の映画館というのもあってか、人で溢れていた。
冷房はついているものの、人の熱で息苦しさを感じてしまう。
「とりあえず、何か飲み物とかポップコーンでも買おうか?」
「あ、はい」
やっぱり、映画といえばポップコーンは定番だろう。
僕としては外せない一品だ。
ちなみに飲み物はコーラに限る。
長蛇ともいえる列に並び、数分。
上映時間ギリギリになってようやく購入できた。
僕と白月さんはポップコーンとドリンクを乗せたトレーを器用に片手でもって、もう片方の手でチケットを握る。
スタッフにチケットを手渡し、ようやくのことで入場する。
「もう少しで始まりますね」
なんとカラオケのみならず、映画館も初めてということらしく、興奮を隠せていない。
いつになくハイテンションな白月さんはキラキラと瞳輝かせていた。
すると、館内の照明が消えて暗闇に包まれた。
突然の出来事に白月さんはビクリと肩を震わせ、警戒態勢を取った。
映画館に慣れていないのだな、というのがよくわかる。
すぐにスクリーンに映像が映し出され、それによってこの暗闇の状態が仕様なのだというのにきづいたようだった。
ホッと背もたれに体を預け、一息つくと「言っておいて下さい」とでも言いたげにジト目が僕へと向けられた。
僕はそんな無茶な、と反論したい気持ちを抑えて頬を引攣らせた笑顔を浮かべるしか出来なかった。
上映中での私語は厳禁だからな。
しばらくすれば、そんな些細なことは忘れて、白月さんは映画に見入っていた。
内容としてはありきたりな恋愛もの。
最近中高生の間で流行っている映画らしいのだが、僕としては共感し得ない。
面白い、とは思うが、しかしそこまででもないというのが率直な感想だった。
まあ、所詮は僕個人の感想であって僕の感性が異常なだけなのかもしれないが。
現に白月さんは食い入るように夢中になっているのだから。
彼女の場合は映画初心者、というのもあるかもしれないけれど。
結局、僕はボーっと見ているだけで、いつのまにか終盤を迎えていた。
とはいえ、多少なりとも内容は頭に入っているので後に展開されるだろう評論会では会話に詰まることはないはずだ。
こんな考えをしていたのが悪かったのだろうか。
映画が無事終わりを迎え、僕らは――というか白月さんは満足げな表情で映画館を出た。
時間はお昼時。
適当なレストランに入って席に着くと、興奮を隠せない様子で白月さんは口を開いた。
「あの場面が〜」、「あそこは〜」と自分なりの考察すらも交えて話して来るものだから徐々に相槌を打つしか出来なくなる。
しかし、そんなことを気にするでもなく彼女は口の動きを止めない。
それだけ楽しんでもらえたのだと思うと嬉しく思うとともに、十分に語り合ってあげられないのを申し訳なくも思ってしまう。
この時僕は、もう少しまじめに見ていたらよかったと後悔するのだった。
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