休憩室で

 目が覚めた僕は、見慣れない一室にいることに気がついた。

 上半身を起こそうとすると、体のあちらこちらが悲鳴をあげる。


「ここは……どこ?」


 いまだ半覚醒の頭を使ってキョロキョロと周囲を見渡し、状況把握に努めてみるが、やはり僕の記憶にはない場所だった。


 ダンジョンの中という雰囲気でもないし――


「ッ――そうだ! あの、トカゲはっ!?」


 白月さんと南條さんはどこにいるんだ!?

 僕の頭の中に鮮烈な記憶が蘇る。


 僕が不覚をとり、トカゲに槍を奪われて殺されかけたのだ。

 そして、助けられた。

 熊野さんに。


「あ……起きましたか?」


 ガチャリ、と音がして扉が開かれた。

 そこには百八十センチほどの大柄な男性。

 目元は優しげで、穏やかな声には懐かしさすら感じる。


「熊野、さん……」

「……私の名前、覚えてくれていたんですね」


 当然だ。

 試験の時も色々と助けてもらって、そして今回も助けられたのだから。

 それを抜きにしても、あの試験での出来事はあまりにも衝撃的だったのもあるが。


 熊野さんは僕を見て、すぐに頬を緩めた。


「あ、あのッ! し、白月さんたちは……?」


 僕はカラカラに乾いた喉で尋ねた。

 見た限りではこの部屋にはいないのは分かっている。

 では、どこに?

 そんな僕の問いに、熊野さんは陰りのない笑顔をで答える。


「大丈夫ですよ。彼女たちも別の部屋で待機してもらっていますから」


 別の部屋、というのがどこを指しているのかは分からなかったが、それでも無事であるということだけは確認出来た。

 僕はホッと胸をなでおろし、咥内に溜まった唾液をゴクリとのんだ。


「それで……ここは一体、どこなんですか?」

「ギルド会館の休憩室ですよ」


 と、そこまで言われて、確かにギルドにはそんなのもあったっけな……と思考を巡らせる。


 調度品の類もなく、ただただ簡素で味気ない部屋だとは思っていたけれど、休憩室なのであればそんなものか。


 僕が一旦の落ち着きを見せたところで、熊野さんは朗らかな笑みから一転、申し訳なさそうに顔を歪めた。


「柊木さん……今回は大変申し訳ありませんでした」


 突然の熊野さんからの謝罪。

 これに僕は戸惑って暫く呆然としてしまっていた。


 一体何に対することなのか……僕には皆目検討もつかなかった。


「ま、待って下さい! どういうことか全然分からないですよっ!」


 慌てて言葉を紡ぎ、そして下げた頭を上げさせる。

 命の恩人に頭を下げて謝罪されるなど、僕の中では一種の拷問に近いものがあった。


 まずは事情を聴きたい。

 そう、熊野さんに促すと、苦虫を噛んだような顔で頷いた。


「柊木さんたちが戦ったあのトカゲ――リザードマンは本来ダンジョンの第八階層に生息する魔物なんです」


 告げられた真実は、僕に衝撃をもたらした。

 僕たちがリザードマンと戦闘を行ったのは第五階層。

 熊野さんのいっていることが事実であるなら、生息地とは三階層分の違いがあるはずだ。


 それならば、なぜあのトカゲ、もといリザードマンはあそこにいたのか。

 それが、彼の突然の謝罪に繋がってくるのだろう。


 重々しく、熊野さんは再度口を開いた。


「私たちは現在十五階層の攻略を終え、十六階層へと進んでいます。そして、今日もまた、十六階層へと向かっていました」


 その時のことを思い浮かべているのか、熊野さんの表情はいつになく固いものである。


「でも、その途中の第八階層でリザードマンの群れに遭遇してしまったんです。数は大体……十体前後くらいだったと思います」

「え……それって大丈夫だったんですか!?」


 僕は一体相手でも殺されそうになったというのに、それが、十体? 正気の沙汰じゃない。


「私たち自衛官はいつも四人一組で行動していて、各々十六階層でも生き残れるだけの力はあったので、それ自体が脅威だったわけではありませんでした」


 軽くそういう熊野さんだが、それが並のことではないのはアレと戦った僕にはわかる。

 四人で分けたとしても、一人当たり二体以上は倒さなければいけないと考えるとその苦労が知れるというもの。


 そんな僕の心中など知る由もない熊野さんは淡々と話をつづけていく。


「そのリザードマンたちを統率していたリーダー。それが、非常に厄介でした。人間並みに――いや、そこらの人間よりもよっぽど高い知能を有し、十以上のリザードマンに指示を下しつつ、そしてその個体もまた強力な剣の使い手として戦闘に参加してくるものですから……私たちは戦いに夢中になって一体のリザードマンを逃してしまいました。それに気がついたのは戦闘が終わって、ドロップ品を回収している時です。仲間の一人が、数が合わないと言いだしまして」


 その人は、戦う前にリザードマンの数を正確に把握していたのだろう。

 それだけで有能な人材であることは明白で、そんな人でも見逃してしまったのなら、それはもう仕方のないことだろう。

 僕はこれだけ聞いても、熊野さんたちに対して何か恨みを抱くようなことはなかった。


 だが一つ、気になる点があった。


 ――魔物が自分から違う階層に移動するなんて……聞いたことがなかったのだが、それはもしかして、僕が無知なだけなのだろうか、と。

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