ダンジョン対策課

 僕の質問に、熊野さんは苦々しい顔を保ったまま答える。


「これはあまり知られていないことではありますが、上層ではたまにあることなのです。でも、十階層から五階層まで下りてきたというのは今回が初めてですね。いつもはあったとしても一、二階層分下りてくる魔物がいる程度ですから」


 熊野さんの言葉を聞く限り、今回のことは少しばかり異常であるようだ。


 ここまで聞いて、さらにもう一つ疑問が出来た。


「あの……下りてくる魔物がいるのは分かったんですけど、それじゃあ上にいく魔物とかはいないんですか?」

「うーん……私は聞いたことがありませんね。下りるにして上るにしてもフロアボスを倒す必要がでてくるので、その関係もあるでしょうし」


 まあ、納得はできた。

 確かに、上階層にいる魔物なら下階層のフロアボスを倒すことも無理ではないだろうし。


「今のところは上階層でのことがほとんどだったので、私たちが対処すれば何の問題もなかったのですが……一般の探索者の方々も力をつけてきていますし、イレギュラーに遭遇して命を落とす人も増えてきそうですね」


 沈痛な面持ちで、熊野さんは呟いた。


 “命をおとす”。

 そのワードに、僕はビクリと肩を震わせた。

 今まで意識しないようにしてきたが、探索者とは死のつきまとう仕事だ。

 今日だって、下手すれば死んでいた……いや、熊野さんが来ていなければ確実に殺されていただろう。


「この話、ギルドの方には?」

「もちろんしました。ギルドも明日にはこの話で持ちきりでしょうね。受付の方に一人一人話しておくように、との指令が出るはずなので」


 ということは、僕も立花さんに話を聞かされるかもな……。

 当事者だって話したら驚かれそうだ。


 僕はそんな未来を想像して苦笑を浮かべた。


 それにしても――


「指令って誰が出すんです?」


 もちろんギルドのトップにいる人なのだろうけど、どういう人なのだろうか。


「ん……ああ、一般の方ですと知らない人もいますよね。そうですねぇ……ダンジョンが出来ると共に防衛省の防衛政策局にダンジョン対策課が作られたのは知っていますか?」


 僕は熊野さんの問いに首を横に振って応えた。


「では、まずはダンジョン対策課についてですね。まあ、大雑把に言ってしまえばダンジョンに関係する面倒ごとを引き受けますよーっていうお仕事をする所です。例えば今回のイレギュラーがそれに当たります」


 ちょっと雑過ぎたですかね? と苦笑いする熊野さんだったが、僕としてはそんなに詳しくダンジョン対策課とやらについての話を聞きたかった訳でもないから丁度良かった。


 僕は続きを促すように顔に笑顔を貼り付けた。


「それで、ここの偉い人達が各ギルドのトップに立っているんです。まあ、トップとは言っても彼らは基本、上から指示を出すだけでダンジョンに入っているわけではないので、力としては一般人と変わりありませんけどね」


 へぇ、と僕は自然と感嘆の息を漏らしていた。

 なんとも簡潔で分かりやすい説明だった。

 素人考えではあるが、それこそ教師にでも向いていそうなくらいに感じた。


「というか……あいつら現場のことを何も分かってないくせに偉そうなんですよ。何もしないならいい方。余計な指示を出されて危なくなったことだってあるんですから……はあ、消えないかな」


 僕は今日一、いや、今年一番驚いているかもしれない。

 あの温厚で礼儀正しい熊野さんがここまで明確に悪態を吐くなんて……その人がどれだけ嫌われているのかが分かるというもの。

 特に最後の「消えないかな」は結構なガチトーンだった。

 関係のない僕でさえ、少しビビってしまったくらい。


「あの……」

「ああ、すみません。つい……お見苦しいところをお見せしました」


 熊野さんは本気で恥じているようであった。

 申し訳なさの中に若干の羞恥が見て取れる。

 実際、頬がさっきよりも朱色に染まり耳まで伝わっている。


「いえ、自衛隊っていうのも大変なんですね……」


 学生の身である僕には分からない苦労ではあるが、その口ぶりからどれだけの面倒があるのか多少の推測ができたからこそ、将来を考えて億劫になる。

 僕も、数年後には社会人になると思うとなおさらだ。


 ハア、と深くため息を吐き、何を思ったのか熊野さんは気遣わしげに口を開いた。


「……今回のお詫びに、というわけではないですが、私でよければ相談に乗りますよ?」


 彼も彼で忙しいだろうに、僕のために時間を割いてくれるというのだ。

 ジーン、と少し涙腺が緩む。


 今回だけはお言葉に甘えて情報収集させてもらうことにする。


「じゃあ――」

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