魔力切れ

「なに、が……」


 僕は目の前で動きを止めたゴーレムを視界に入れて困惑の声を漏らす。

 だが、それにもすぐに理解が及び、背後から聞こえる少し荒目の呼吸音とそして、キィンという甲高い音が僕に後ろを振り向かせた。


「白月、さん?」


 僕が振り返ったそこには床に手をついて顔色を青くした白月さんがいたのだ。

 さっきの音は恐らく短剣を手放した際のものだろう。


「ッ――白月さん!?」


 僕は驚愕に目を剥き、眼前で凍りつくゴーレムのことなど忘れて彼女に駆け寄った。


「大丈夫、です……ただの魔力の使いすぎ、ですから……」


 そう、手で制した彼女は僕の目から見れば、とても辛そうだった。


「でもやっぱり、一気に魔力を使うのは良くありませんね……」


 魔力を一気に使えば、強力な魔術を行使できるが、その一方で魔力切れを引き起こし、その後の行動に支障をきたす。ということは僕も知っていることだった。


 魔力切れを起こすのは本日で二回目。

 一回目は一階層のフロアボス戦で再開した時。

 あの時も、あまりの顔色の悪さにテンパったものだ。

 結局あの時は大事には至らず、一日寝れば全快したのだが、今は状況が違う。

 現在僕らがいるのはダンジョン第五階層。

 さらに、智也のパーティメンバーである南條さんの捜索の途中。


 これでは捜索なんてまともに続けられるわけがないし、それどころか無事に地上に戻れるかも分からない。

 なにせ、白月さんは魔力を使い切って戦力としては期待出来ないため、僕一人での力で帰還する必要があるからだ。


 これも、僕の力が足りないから……あそこで、ゴーレムの攻撃に対処する有効な手段があれば、結果は変わっていたはず。


 僕はギリッと歯軋りする。

 こんな時に役に立たない自分に腹が立つ。


「白月さん、立てる?」


 僕は自らの中に渦巻く怒りを飲み込んで、座り込む彼女に手を差し伸べる。


「はい……立つくらいなら、問題はなさそうです」


 いつもより若干弱々しい声だった。

 白い手が僕が伸ばした手に触れて、それは、氷に触れたような冷たさがあった。


 ピクリ、と。一瞬、戸惑いがあったものの、しかし一気に手を掴んで引き上げる。


 白月さんは、一度立ったはいいものの、時折ふらついて、目を離せばいつのまにか倒れてしまいそうなほどに弱っていた。


 ――やっぱり、戦闘に参加はさせられないか……しょうがない。


「白月さん、今日はもう帰ろう」

「え……? でも、まだ五階層は回りきってませんけど……」


 その声には戸惑いがあった。

 それはこの階層に南條がいる可能性を捨てきれていないがためだろう。

 しかし、それで僕たちが死んでしまえば元も子もない。

 そう話すが、しかし彼女は「でも」と引き下がる。


 一体どうしたのか。

 白月さんの性格的にあの南條さんって人とは合わなそうだし、実際にそこまでの仲ではないようだった。

 まったく、彼女の中のなにがこうまでさせるのか。


 結局、折れたのは僕だった。

 しかし、妥協案ということで魔物――ゴーレムとの戦闘は極力避けること。そして、白月さんが動けなくなったと判断すれば僕が強制的に彼女を抱えてダンジョンから出るということが決定された。


 この僕が白月さんを抱えて、というところに彼女は難色を示したもののそこは勢いで押し通した。

 移動速度、効率、そして僕の役得とメリットしかないのだから却下される要素がない。


 あの凍ったゴーレムはそのまま放置することとなり、少しばかり笑顔の引き攣っている白月さんに肩を貸しながら、ダンジョン五階の回廊を進みしばらく。


 ゴーレムとエンカウントすることも、何か変わったことがあるわけでもなく時間だけが過ぎていく。


「やっぱり、南條さんはダンジョンには来ていなかったか……」


 僕がそう判断を下そうとした時だった。

 聞こるはずのない人間の声が耳に届き――刹那、僕は白月さんを脇に抱えて地を蹴る。


 咄嗟に“黒鬼化”を発動させ、身体能力が爆発的に上昇したことで、踏み込んだ時の衝撃で地面が抉れた。


 僕の脇から悲鳴にも近い絶叫が聞こえるが、この際は無視だ。

 腕に伝わる柔らかい感触も無視。

 なんかあったかい感じも無視。

 フワッと香るお花の匂いも全部無視する。


「ウオォォォォァァァァ!!」


 意味もなく、いつしか僕は叫んでいた。

 邪な心を祓うように。

 それによるものなのか、はたまた何か違う要因があるのか、不思議といつもより加速具合が良いように思える。


 そんなことを思考しながら声の元を探そうと視線をうごかし、さらに足も動かし、そして僕は……僕らは見つけた。


 長剣を慣れた様子でドッシリと構えながらも肩で息をして身体中を汗で濡らす南條さんと、彼女と対面に立つ、異形の姿を。

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