アイアンゴーレム
「柊木さんッ!」
白月さんの声がダンジョンに響く。
その声はどこか切迫したもので――
「――ッ!」
僕は横合いからの気配を察知して床を転がるようにして距離を取る。
その瞬間、僕がさっきまでいたその場所は轟音と共に、頑丈であるはずのダンジョン床が陥没した。
「なん……」
僕は軽く息を呑んだ。
そこにいたのはゴーレムではあったが、明らかに異彩を放っていたのだから。
体は全体が硬質で、ダンジョンの淡く光る壁の光を反射して鈍色に輝き、全長は軽く二メートルを超えるだろう。
事前の情報ではこの階層に出現するのは泥で出来たマッドゴーレム、土で出来たクレイゴーレム、そして石で出来たストーンゴーレムの三種類だけだったはず。
それがどういうわけか、このゴーレムはそのどれにも当てはまらない。
となれば――
「上位種……か」
「そうですね。……アイアンゴーレム。名前通り、鉄で出来たゴーレムみたいです」
白月さんはいつのまにか手に【鑑定板】を出現させていた。
もう既に鑑定を済ませ、簡潔に結果だけを教えてくれる。
「“能力”は?」
「【鋼鉄体】の一つだけですね」
「了解」
僕らは短く言葉を交わして情報を得る。
このアイアンゴーレムが持つ能力はただ硬い、それだけのものだ。
面倒で厄介な能力ではあるが、脅威ではない。
まあ、僕一人なら撤退一択だったが、【氷魔術】を扱える白月さんがいる以上問題はない……はずだ。
何しろこの魔物と戦うのは初めてで、攻撃パターンや移動速度、何から何まで初見なのだから。
僕はなるべく隙をなくして槍を構える。
“黒鬼化”の能力はまだ発動中。
であるならば、ゴーレム相手でも力負けはしない。
でも、まずは様子見。
これで相手はどう動くか、それを見極める。
僕は構えたまま、ゴーレムの一挙手一投足に目を凝らす。
そして、ゴーレムが動く。
「な――ッはや!」
僕は思わず声を漏らした。
さっきまで相手をしていたストーンゴーレムとはまるで格が違う。
動きの速さはここまでに出会った魔物の中でも上位レベル。
そして、元からあった攻撃力はというと……
「――ご、フッ」
衝撃に対してはある程度“適応”しているはずの僕が数メートル先まで吹き飛ばされてしばらくの間呼吸が出来なくなるくらいには強力であった。
「あ……が、カハッ……!」
革鎧など意味をなしていないのではないか、というほどの衝撃に僕は顔を苦悶に歪めて息を吐く。
が、いつまでのこのままではいられない。
僕は未だに残る痛みに気合いで耐えながら立ち上がり、ゴーレムを睥睨する。
かなりの距離を飛ばされたが、なんとか槍は手放さなかった。
大丈夫、まだ戦える。そう、自分に言い聞かせて、喝を入れる。
「柊木さんッ! 大丈夫ですか!?」
焦りと不安を含んだ叫びは白月さんからであった。
振り向けばちょうど背後にいるのだろうが、しかし今は一々後ろを振り向けるような状況ではない。
僕は一言、「大丈夫」とだけ返して槍の柄を強く握る。
そして、僕と相対するゴーレムはというと一切動きはない。
何をしているんだ……と思ったのも束の間、ゴーレムは突如動き出す。
今度もまた、さっきと同じく高速で僕へと向かって直進してくる。
「ナメ、るなァッ!!」
全く同じパターンでの攻撃ということならば、いくら速いとはいえ、対処できないわけがない。
咆哮したながら、僕は荒々しく不恰好に槍を振るう。
攻撃は刃ではなく柄による横薙ぎ。
常人であれば鉄の体をもつアイアンゴーレムには傷の一つもつけられないだろうが、“黒鬼化”そしてレベルアップによる身体強化が行われた僕には関係がないことだった。
風をきって直撃したその一閃により、ゴーレムは動きを止め、体の一部にヒビが入った。
……だが、それだけ。
ゴーレムはそれがどうした、とばかりに軽く腕を振り回す。
正しく鉄の塊と表現できるそれは、攻撃の直後ということもあって動きを止めていた僕へと迫る。
“液体化”……いや、ダメだ、間に合わない。
“適応”で、なんとかダメージをカット出来るか? いや、無理だろう。
結論、“黒鬼化”のスペックだけでなんとか持たせるしかない。
「――クソがッ!」
これはもうダメだ。そう判断して、目をきつく閉じてこれからの衝撃に備える……が、いつまで経ってもそれは来ない。
何が起こった? 疑問を晴らすようにソッと目蓋を開くと僕へと向けられていた鉄の拳は微動だにすることなく、ガチガチに氷結していたのだ。
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