捜索

 当然ながら『消えた』というのは本当にその姿が消失したというわけではなく、智也との喧嘩がエスカレートして我慢ならなくなった南條さんがどこかへ飛び出して行ってしまったということだ。


 そして、彼女の居場所は未だ分かっていない……と。


「どうする?」


 僕は言葉を投げかける。


 ぶっちゃけ言ってしまえば、僕らには関係のないことだ。

 智也が、というのならともかくとして智也のパーティメンバーなんて昨日会ったばかりで、友達とも言い難い微妙な間柄。


 もし、僕が南條さんを偶然見つけたとしよう。

 その時、僕は何と言って声をかければいいのだろうか。

 共有できる話題も、相手の趣味嗜好、性格から心情まで何も分からないというのに。


「智也が何も言って来ないってことはあんまり首を突っ込んで欲しくないってことだと思うんだけど……白月さんはどう思う?」

「私、は……」


 白月さんは思案する。

 舞鶴さんとの仲は良好であるようだったが、一方で南條さんとは第一印象が最悪だったのもあってか、交流はないみたいだ。


 そんな状況で、しかして、彼女の下した結論は――


「行きましょう」

「……どこへ?」

「それはもちろん……ダンジョンへ、ですよ」


 彼女の顔に笑みはなかった。


「そっか……」


 まあ、当然か。

 彼女の第一優先はお金を集めること。

 それと大して仲の良いわけでもない南條さんの捜索を天秤にかけたら前者に傾くのは分かりきっていたことだ。


 僕は苦笑を浮かべ、そして白月さんは僕を見て首を捻った。


「あの……何か勘違いしてません? 別に私は南條さん? って人のことは嫌っているわけじゃありませんよ。ダンジョンに行くのは舞鶴さんに頼まれたからですし」

「え……?」


 なんだか、僕と白月さんで話が噛み合っていない気がする。


「ちょ、ちょっと待って……頼まれたっていうのは?」

「いや、ですから、さっきメールで舞鶴さんが、もしかしたら南條さん一人でダンジョンに行った可能性がある……とかって言っていたので、ダンジョン内の捜索を引き受けたんですけど……あれ、もしかしてダメでしたか?」


 白月さんは戸惑いと焦りが綯い交ぜになった顔で目を見つめる。


「いや、別にいいけど……一言くらいは欲しかったかな、そういうのは。……でも、そういうことなら早く行こう。実力がどの程度かは分からないけど、一人でっていうのはちょっと危ない」


 僕は自分のことを棚に上げて険しい顔をつくる。


「たしか、最近五階層まで上がってきたって話でしたよね?」

「ああ、うん」

「っていうことは、行けたとしても一階層から四階層くらいですかね?」

「いや、どうかな……戦闘に有利なスキルでも持っていない限り、単独での四階層は結構厳しいし、三階層が妥当じゃないか」


 僕らは予想を立てながら、その足は自然とダンジョンに向かっていた。


 塔型のダンジョン。

 天を衝くほどに大きなそれはどういう原理か地に強固な根を張り、中には凶悪な魔物が棲む。


 まだまだ朝といえる時間であるにも関わらず、何人かの同業者が次々にダンジョンへと入っていく。


 装備の損耗具合や立ち居振る舞いから探索者としてのある程度の目安くらいは測れるようになったが、彼らの力量としては大したものではない。

 それこそ、一階層をなんとか踏破できるかどうか、といった程度のもの。

 これくらいなら、僕らの障害にはならないだろう。


 それだけ確認すると、僕と白月さんはライセンスを提示してからダンジョンに足を踏み入れる。

 昨日ぶりのダンジョンが何故だか少し懐かしく感じる。


「――行こう」


 その声を合図に、僕らは駆け出した。


 僕も、そして白月さんもレベル補正によって身体能力が強化されている。

 そのため、一度に進む距離、スタミナのどちらもが常人のそれをはるかに超える。


 先に入っていた同業者たちを追い越して先へ先へと進んでいく。


 南條さんがどこにいるか分からない以上、ダンジョン全域を隙間なく探していく必要が出てくるため、いつもよりかは時間がかかってしまうものの、それでも僕らにとっては誤差の範囲内だった。


 ものの十分程度で一階層を周り終え、次は二階層へ。


 一階層から三階層まで行くのは慣れたもので、一寸の迷いもなく足を動かす。ここまでの所要時間は一時間弱。


 とはいえ、僕らにも少しずつ疲れの色が見え始めてきた。

 特に白月さんは僕ほど体力があるわけでもないので、少し息が乱れてきている。


「はぁ、はぁ……っい、ませんね」


 息を整え、膝に手をつきながら、白月さんは口を開いた。


 現在は三階層を回っているが、南條さんらしき人の影は見当たらない。

 というか、三階層に入ってから人っ子一人見当たらない。


 どうやら、三階層まで到達している探索者というのが圧倒的に少ないようである。


 まあ、今の僕らとしては好都合とも取れるのだが。


「もしかして、もう四階層に?」

「というか、そもそもダンジョンには入っていない可能性の方が大きいとおもいますけど、ありえない……とも言い切れませんし、とりあえず行ってみましょう」


 僕らくらい戦闘に特化したスキル持ちなら、単独での四階層突破も無理ではない。ないが……やっぱり難しいだろう。

 少なくとも無傷でというのは無理。


 それが分かっているからこそ、僕らは足を急がせた。


 最悪の事態にだけはさせるものか、と。

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