緊急事態

 色々とおかしな出会いと自己紹介で終わったその会合の後、智也から明日一日だけ一緒にダンジョン探索をしないか、という誘いのメールが届いた。


 そのメールを確認した僕はボロアパートの自宅にて、安物のソファに寝転がりながら思案していた。


 お互いの印象は良くもあり、悪くもある。そんな感じだった。

 僕個人としては乗ってもいいのだが、白月さんがどうか、というのが唯一の難点なのだ。


「まあ、とりあえずメールしてみるかな……」


 僕は宛先を白月さんにして文字を打ち込む。

 内容は簡素に、それでいてできるだけメリットを誇張して伝えようと。


 僕としては上手くまとめられたと思うのだが、あくまでそれは僕としてはであり、また白月さんが了承するかは別であるのだが。


 僕はメールを送信して一息つくと再びソファに体を預ける。


 するとそれからほんの一分程度経ったとき。

 ピコン、と携帯が音を立てて鳴った。


 なんだ、と思ったの束の間。

 すぐにそれが白月さんからの返信であることを理解した。


「え、早っ……」


 驚愕……というほどでもないが、予想していたよりも大分早めの返信に少しばかり戸惑った。


 内容としては実に簡潔で、了解です。とその一言だけが記載されていた。


 意外、というわけではないが、少しくらいは渋るものだと思っていただけに僕は呆気に取られた。が、別に何か悪いわけでもなし。


 僕は智也に了解の返事を送るとともに具体的な情報を求めた。


 ◆


 落ちた日は再び上り、朝の八時前。

 ギルド会館前にて僕はいつもの装備で佇んでいた。


 集合時間は八時とのことだったが、未だに僕以外の誰も集まる気配がない。

 夏の日差しが強く照りつけるこの時間帯、そこそこ鍛えているとはいえ、長時間外に出ていたいとは思えない僕としては少なからずストレスがたまる状況だ。


 ダンジョンの中は外と気温が連動しているわけではないため適温なので、一刻も早くダンジョンに入ってしまいたい。


 苛立ちをぶつけるようにして嘆息を吐き、そしてふいに肩を叩かれた。


「おまたせしました」


 振り返った先にいたのは白月さんだった。その様相はいつもと変わりのない戦闘服姿。


 そして、やはりというべきか額には薄っすらと汗が滲み、タラリ、と雫がうなじを伝っていく。

 その様は大変艶かしいものであり、自然と僕の視線は白月さんに釘付けになる。

 が、僕はすぐにハッと意識を取り戻し、目をそらす。


「ああ、いや。別にそこまでは待ってないよ」


 実際は三十分ほど待っていたが、わざわざ口に出すほどでもない。

 不躾な視線を向けてしまったと自分を恥じると共に言葉を紡ぐ。


「そ、それよりも智也たちオソイナー」


 僕は羞恥と自らの節操のなさから、口から出る言葉がたどたどしくなるのを感じた。

 棒読みにも近いそれに、白月さんは少し首を傾げるも彼女からの追求はなかった。


「そう、ですね。たしかに遅い……」


 ――もう既に、時刻は八時を回っていた。


 智也からメールが来たのは三十分ほどが過ぎてからだった。


 曰く『ごめん、急用ができた。やっぱり今日は行けそうにない』


 誘っておいてのドタキャンに申し訳ないという感情は文体から察したが、一体どうしたことか。

 なにか、訳がありそうだが。


 僕が頭を悩ませていると、白月さんが見上げるようにして僕の顔を覗き込んだ。


「あの……これ、見てください」


 そう言って彼女が差し出したのはピンク色の可愛らしい手帳型カバーが付けられたスマホ。

 画面には一通のメールが映し出されていた。


 差出人は舞鶴理央。

 智也のパーティ――“紅蓮隊”のメンバーの一人である。


 いつの間に連絡先を交換したんだ……と思わないでもないが、昨日のことを思い出す限り二人の仲は悪いわけでは無かったし、僕の知らぬ間に色々とやりとりがあってもおかしくはないか。


 それはさておき、さて……その舞鶴さんからのメールだが、なにが書かれているのか。


 僕は渡されたスマホを恐る恐る覗き込む。

 そこには、こうあった。


『智也と桜が喧嘩していて、今マズイ状況』


 桜、というのは確か智也の幼馴染の子だったはずだ。

 フルネームは南條 桜。

 白月さんに食ってかかったあの勝気な子だ。印象深かったからよく覚えている。


「何があったんだ……?」


 僕が半分無意識のうちに漏らした疑念の声は次に鳴った白月さんの着信音にかき消された。


 ピコン、と。

 軽快な音が耳に届き、白月さんの許可を得て開く。


『――緊急事態。桜が消えた』


「はい?」

「え?」


 僕と白月さんの声が、疑問となって重なった。

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