水熊

 二週間が過ぎた。

 探索は順調に進み、あれから一週間足らずで二階層フロアボス討伐を達成した。

 とはいえそれは、二階層のフロアボスも試験の時に遭遇した黒ゴブリンと比べて攻撃力、素早さなど、どの面を取っても及ばない程度の魔物であった為、倒すのは簡単だったというのもあるのだが。


 このフロアボス、最初は【魔魂簒奪】で能力を頂こうかとも思っていたのだが、明らかに黒ゴブリンの下位互換だったのでやめておいた。

 このスキルを使える枠にも限りがある。

 無駄に使うのは避けていきたい。


 まあ、それはそれとして現在僕たちがいるのはダンジョン第三階層。

 ギルドにて、変わった魔物がいるという情報を聞きつけ訪れた。

 三階層の探索を始めてから早一週間、稼ぎは上々。

 ここら辺で新しい能力が欲しいと思い立った僕たちはその魔物が現れるという区画へと向かうことになったのだ。


 第三階層に出現する魔物は二階層と続いて獣系だ。

 そして、噂の魔物は獣系の中でもレア個体であるのだという。

 呼称は水熊。


 常に体に水を纏い、水を用いた攻撃を仕掛けてくる好戦的な魔物であり、この水熊に攻撃を仕掛けて返り討ちにあった探索者は多いとの情報で、明らかに三階層レベルの強さではないのだとか。


 今の僕たちの力量は三階層でもまだ余裕を持って戦えるくらいにはあるつもりだ。

 水熊とやらにだって負ける気はしない、そう自負している。

 けれど、慢心をしてはいけない。気の緩みこそ、ダンジョンで命を落とす原因である。


 けどまあ……


「今さら気づいても遅いんだよなぁっ!!」


 僕らは休憩中の、気の緩みまくっていた時にバッタリ水熊と遭遇。

 剥き出しの敵意を鋭い眼光とともに叩きつけられ、戦闘態勢を取ろうとするも、それより水熊が動き出すほうが早かった。


 水熊は咆哮した。

 それと同時に宙空に大量の水が発生。

 中途半端な態勢でいた僕へと、ものすごい勢いでレーザー状の水が放出される。


 必死に地面を転がることで間一髪、回避に成功。


 水熊は苛立たしげに唸り声をあげ、僕はすぐさま立ち上がり、槍を構える。


「クソッ――“黒鬼化”!」


【魔魂簒奪】によって奪取した黒ゴブリンの能力により、肌が黒く変色、さらに額に一本のツノが生える。

 これで耐久面の心配はない。

 あの水圧カッター並みの出力にも耐えられるはずだ。


「白月さんは僕の後ろに!」


 僕は後ろを振り向く暇もなく叫んだ。

 足音から白月さんが僕の背後へと移動を終えたのを把握すると、今度はこっちが攻勢に移る。


 ――“恐慌の紅瞳”。


 瞳が紅に染まる。

 血の色を思わせるその眼はこちらを睨みつける水熊へ向く。

 ギロリという効果音でも尽きそうなほど細めた眼で水熊を睥睨し、さっきのお返しとばかりに殺気を叩きつける。


「グルゥゥ……」


 水熊は無意識だろうが、本能的に感じ取った恐怖から半歩後退った。

 力の差が少ないからなのか、そこまでの効果は見られないが、問題ない。

 寧ろ十分なくらいだ。


「いける」


 そう確信した僕は“黒鬼化”によって湧き出るエネルギーをフルに使って地を蹴った。

 下半身の筋肉が盛り上がり、僕は風になる。


 疾走し、これまでにないほど加速した僕に水熊は戸惑いながらも防御を固める。

 身体中に水を纏い、近づけまいと水を放射。

 しかし、その威力はさっきと比べて貧弱であった。


「――舐めるな!」


 威力に限らず、速度もまた大幅に減少した水の斬撃を余裕を持って躱しきる。


「チッ! 威力はまだしも、量が多いな」


 僕は小さく舌打ち。

 愚痴を漏らしながらも迫る水を紙一重で避け続ける。


 このままじゃ攻めきれない。

 そう、悪態をついている時だ。

 背後から氷の塊が飛来してきた。


「援護しますっ!」


 短剣を抜き、指揮棒のように振るって氷の弾丸――いや、砲弾を放つ白月さんに僕の頬は自然と緩む。

 頼りになる仲間がいてよかった、と。


 彼女の氷魔術はレベルアップとスキルの熟練によって一度に発生させられる氷の上限、速度、そして操作の精密さが見るからに進歩していた。

 それによって僕はフレンドリーファイヤにも臆すことなく戦える。


 白月さんの氷が水熊の纏う水に直撃。

 足を狙ったその攻撃は防がれたか、と思ったのも束の間、水はみるみるうちに氷結していくではないか。


 僕は、いいや、白月さんでさえもこの事態は想定していなかった。


 氷の砲弾が水に当たることでその周囲を氷つかせることが出来るだなんて、そんなことは知識の内に入っていなかったのだ。


 一瞬の間、呆然とその光景を見ていたが、すぐさま意識を切り替えて、僕は水熊へと短槍片手に飛び込んだ。


「ハアァァァァ!!」


 裂帛の気合いとともに槍頭を袈裟懸けに振り抜く。


 終わりは呆気ないものだった。


 水熊としても予期しない出来事が連続し、隙を突かれる形でバッサリと胸部を斬り裂かれ、噴水がごとく血飛沫が飛ぶ。


 もちろん、近くにいた僕にもそれは降りかかり体は朱色に染まった。


 水熊はそのまま姿を消し、黒い靄となって形を変えていく。

 その後に残ったのは拳大の魔石と一つの眼球、そして水熊の毛皮だけだった。

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