受付嬢の実態

「はぁ、はぁ……」


 僕は肩で息をする。

 “黒鬼化”を解き、蓄積された疲労が一気に襲いかかってきたのだ。

 まるで重りでも付けているかのように体は思い通りに動いてくれない。


 そんな僕に白月さんは心配そうな表情を浮かべる。


「だ、大丈夫ですか?」

「あー、うん。大丈夫大丈夫。これくらいなら少し休めば治るから。大した怪我とかもしてないし」


 対する僕は苦笑を浮かべて地面に座り込む。

 フゥ、と一息吐いて周囲を見渡すが辺りに魔物の気配はなし。

 しばらくは安全だろう。


 白月さんもそれを確認するとドロップ品の回収に向かった。


 さて、今回討伐した水熊についてだが、水熊は属性持ちと呼ばれる魔物である。これは本来三階層にいるレベルの魔物ではなく、もっと先の階層にて出現する魔物であったはず。もちろん、基礎的な筋力やらなにやらはこの三階層レベルにとどまっているだろうけど、それを覆すほどのアドバンテージが名前にもあるように水を扱う能力だ。


 これによって遭遇した探索者たちは怪我を負っていたのだが、それ故に買取額も桁違いなのだ。

 例えばさっきドロップした眼球と毛皮には水の属性が付与されていて、加工することで簡易的な魔道具として使えるようになるらしい。

 とはいっても、ダンジョンの宝箱から回収される本物の魔道具には遥かに及ばない程度の性能だが。


「柊木さん、ドロップ品の回収終わりました」


 そう言ってポーチを掲げる彼女に短く返事を返し重い体を起こした。


 その後は探索困難と判断してギルドへと戻ることになったのだが、帰り道の魔物を討伐したのはほとんどが白月さんであったのは余談である。


 ◆


「えっ!? これが、噂の魔物のドロップなんですか!?」


 そう、驚愕の叫びを上げたのはもはやお馴染みの受付嬢、立花さんであった。

 僕は彼女から水熊の情報を得たのだが、彼女もまさか討伐してくるとは思ってもいなかったのだろう。


 しかし、そう大声で叫ばれるのは好ましくない。

 ギルド内にいた他の探索者の目線が一斉に僕らに向けられた。

 好意的な良くやってくれたという視線はまだしも、妬み嫉みやらが含まれた視線は本当にウザったい。


「ご、ごめんなさい……」


 それに気づいて焦ったように頭を下げる彼女だったが、もう遅い。

 僕は一つ嘆息を吐き、少しばかり溜まっていた怒りも一緒に吐き出す。


「いえ、大丈夫ですよ。それより、鑑定お願いします」


 僕らがカウンターの上のトレーに乗せたのは眼球と毛皮。それからついでに倒した魔物たちのドロップ品の数々。

 まだ使ってはいなけれど、魔石の所有権は契約通り、既に譲り受けている。


「わ、わかりました。少々お待ちください!」


 立花さんは逃げるようにトレーを持って奥に引っ込み、僕と白月さんは椅子に座って彼女を待つ。


 それから、鑑定の結果がでたのはすぐだった。

 一、二階層のドロップ品の値段は確立されているため鑑定する手間など、ほとんど無いに等しく、今回鑑定の必要があったのは水熊から取れた眼球と毛皮だけだった為だろう。


「お待たせしました」


 そう述べる立花さんの顔は若干引き攣っていた。


「これが、今回の買取額となります」


 いつもと同じように明細書とお金がトレーに乗せて渡される。

 そこで僕は驚愕に目を剥いた。

 なんと、二十万円。


 魔物のドロップ品としては僕たちの中では最も高値。

 でも、なんでこんなに? そんな僕の思考を読んだのかどうかは知らないが、立花さんが補足説明を加える。


「知っているとは思いますが、あのドロップ品は簡易魔道具を作るのに使える物です。ですが、一般的にはほとんど出回っていないんです。というのも、属性持ちを倒せるだけの探索者はドロップ品を売らないで自分の戦力強化として使ってしまうからなんですけどね。だから、高値で売れるんですよ」


 と。


 属性持ちを倒せるだけの探索者といえば、僕ら一般人よりも早くに探索を始めていた自衛隊や警察関係者だろう。

 彼らはドロップ品を売却しないでも国から給料が出るわけだし、お金には困っていないのだろう。

 国家公務員……羨ましいな。

 まあ、色々めんどくさい縛りとかありそうだから、なりたくはないけど。


「それで、本当に売却でいいんですね」

「え、ああ、はい」

「本当の本当ですね! もう返しませんよ!!」


 立花さんはなぜかエキサイトしていて僕に詰め寄ってくる。


「近い近い……白月さんも、いいよね?」

「あ、はい。使い道もよくわかりませんし」


 僕は白月さんにも確認したのち、立花さんを強引に引き離した。


「っていうか、なんで立花さんがそんなに興奮してるんですか?」


 何か関係でもあるんですか、と胡乱げな目を向ける。


「ああ……えっと、受付嬢って担当している探索者さんがドロップ品を売ってくれると、その額に比例してボーナスが出るんですよね」


 えへっ、と照れ笑いする彼女に僕らは妙に納得していた。

 毎回ドロップ品を売るたびに――厳密には大金が稼げた時に引き攣りながらも嬉しそうな表情で対応していたのは、それがあったからか、と。


 僕らは今日、知らなくてもいい真実を一つ、知ってしまった……。

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