コボルト
頼んだ料理が運ばれてきたのは、それから数分が経ったころだった。
ホカホカと白い湯気が立ち上り、僕の前に置かれたのはミラノ風ドリア、辛味チキン、そしてサラダ。
白月さんはパスタとエスカルゴのオーブン焼き。
安い、というだけあって量はそこまで多いわけではない。だが、味はいい為、満足感を満たすことはできた。
それは白月さんも同じようで、パスタを頬張っては口元を緩めている。
そこには、さっきまでの悲観した表情はない。
「よかった」
僕は誰にともなく呟いた。
小さく、ふと呟いた声は対面に座る白月さんにも聞こえることはなく消えていく。
◆
翌日。
これからの指針を決めてからの行動は早かった。
現在僕たちがいるのはダンジョン第二階層。
しかし、二階層での宝箱の出現率は一階層と比べても大差がない。
ギルドにて手に入れた情報から類推すると、このダンジョン内で宝箱の入手率が最も良いのは第六階層。
現在攻略は十五階層まで進んでいることを考えると、その出現度は階層数に比例するものではないのだろう。
僕らは一刻も早く第六階層まで辿り着いてやる、と意気込み門をくぐった。
ペタリ、ペタリ。
足音が聞こえる。
裸足で歩く時の音だ。
ゴブリンの発する足音とよく似ている。
けれど、少しだけ違う。
「――警戒して」
静かに、横で短剣を構える白月さんに声をかける。
一時間足らずで一階層を踏破し、少しの躊躇もなく二階層まで登った僕らは昨日の続きとばかりに探索を続けていた。
そして、二階層へ出てすぐのこと。
何者かの足音が僕の鼓膜に伝わったのだ。
昨日僕らが遭遇したのは獣型の魔物――バトルウルフのみであった。
しかし、今聴いた足音は獣のそれではない。
となれば――
「新しい魔物、か」
まだ、姿は見えない。
複雑な曲がり角が存在するこのダンジョンで、音は聞こえても視覚では捉えられないというのはよくあることだ。
そして、それを利用して暗殺者じみた討伐方法を編み出した探索者もいるのだとか。
――閑話休題。
足音が近い。
警戒の意識を強め、槍の柄を握りしめる。
体勢は前傾、すぐにでも戦闘に入れる構えを取る。
ペタリ、ペタリ。
また、音が近づいた。
そして、ついに視認。
曲がり角から、中肉中背の犬顔が現れた。
体躯は成人男性と同程度。
身体中が体毛で覆われ、衣服の類いは全く身につけられていない。
唯一手に持っていたのは手作りなのか、木でできた粗い棍棒。
それ自体の攻撃力はそこまで高いとは思えない。が、発達した下半身の筋肉、剥き出しの牙はそれこそ棍棒なんかよりもよっぽど脅威に映った。
距離はまだある。
僕は手の内に【鑑定板】を顕現させ、パシャリとその魔物をカメラに収めた。
鑑定結果はすぐに出た。
――ステータス
名前:コボルト
Lv.7
《個体能力》
【加工】
【威嚇】
――
コボルト、か。
聴いたことがある。
獣型の魔物の中でも人に近く、知性を感じさせる行動をとる。また、自らの手で武器を作ることが出来るんだったか。
たしか、集団で行動することが多いという話だったが、この個体はなぜか一体だけ。
これはチャンスかも知れない。
「まずは僕が突っ込む。援護はよろしく」
白月さんにそう言い残して、地面を蹴る。
このコボルト、能力は大したものがない。だが、レベル的には僕と比べても大差はない。
しかも初見だ。
油断だけは出来ない。
駆ける僕をコボルトはようやく視界に捉えた。
「はあぁぁぁ!!」
気合いで押し切る!
僕の叫びに反応して、コボルトは棍棒を構えた。
グルルル、と低い唸り声を上げるが、もしやこれが【威嚇】か? だとしたら拍子抜けにも程がある。
――隙だらけだ。
槍と棍棒では圧倒的に槍の方がリーチ面で有利。
僕は疾走する勢いそのままに槍を突き出す。
腰のひねりも加えた、渾身の刺突はコボルトに一切の抵抗を許さず顔面を貫いた。
肉を抉る感覚が手に伝わる。
グチャリと不快感を煽るこの感じはいつになっても慣れる気がしない。
槍を引く抜くと、派手に鮮血が噴き出した。
コボルトの顔にはポッカリと穴が空き、空洞が出来た。
「やったか……?」
漫画であればフラグとなり得るその言葉もリアルでは意味をなさない。
顔面を貫かれて生きていられるわけもなく、コボルトは問答無用で死亡。
それを証明するように死体は黒い煙となって消え、僕の体は熱を持った。
この滾るような熱には覚えがある。
――そう、レベルアップだ。
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