白月さんの事情
僕は、彼女が今から語ろうとしている話の一部をもう知っている。
水穂さんに聞いたからだ。
彼女が話したいこと、というのは売却予定であるあの家を自らの手で買い戻す為に資金を貯めていることについてだろう。
そう、僕は思っていた。
「私の父は会社を経営していました」
しかし、彼女の口から出てきたのはそんな言葉だった。
「千人近い従業員を抱える大きい会社でした。でも……」
そこで言葉を切り、白月さんは唇を噛み締める。
「つい最近のことです。父が億単位での脱税をしていたことが分かりました。そこからは地獄でした。父は懲役五年を課せられて会社は罰金として六億円を払うことになりました。そのせいで会社は倒産。大黒柱を失った私たちは金目のものを売り払うことで当分の生活費はなんとかなりましたが、それも長くは続きません。それに、あの大きさの家です。維持費や税金だってバカにならないものですから、引っ越しをせざるを得なくなったんです」
白月さんはそこで一旦言葉を切り、ハァと一息。渇いた喉を潤すために、お冷やを一口含む。
「家自体は潰さずに売り払う契約を交わしたので、来月には引っ越す予定です。引っ越し先はそこまで遠くではありませんけどね」
なるほどね……。
重い。予想していた数倍は重い話だ。
けれど、納得がいった。
なぜ、あの家を売らなければいけなくなったのか。
「でも私は、お母さんとお父さんとの思い出が詰まったあの家を手放したくありません。とはいっても、お金がない。お父さんは捕まって、お母さんだって最近まで専業主婦だったので、仕事がないのが現状でした。そんな時に探索者は儲かるって話を聞いて……それで、これだって思ったんです」
探索者は儲かる。
そんな噂が流れ出したのはたしか二ヶ月ほど前だっただろうか。
たまたまレアなアイテムがオークションに出回り、それが高額で売れたのが発端だったはずだ。
しかし、そんなものが手に入る確率なんて高が知れている。宝クジでも買った方がまだマシってものだ。
まあ、ただ普通に探索していてもそこらのサラリーマンより稼ぎはいいが、それだってこっちは正真正銘、命を削って戦っているんだ。その程度は正当な対価といえる。
だが、それだけではあのレベルの豪邸を買い戻すには相当な年数を要することとなる。
それまでにどこぞの金持ちに買い取られないとは言い切れない。
いや、確実に売れるだろう。
あの家は素人目で見てもなかなかの邸宅であり、しかも立地がいい。
管理も行き届いていて、目立つ汚れもほとんどなかった記憶がある。
そんな家が売れないわけがない。
「家を売ったお金は借金の返済と今後しばらくの生活費とかに充てられるので、ほとんど使えません。だから、稼がなくちゃ……」
俯き、歯を食いしばり、目尻には薄っすらと涙が溜まる。
「大金が必要なんです。普通なら、私みたいな小娘一人で稼げるような額じゃありません。でも……でも、諦めきれないんです。どうしても。だから――ッ!」
ポタリ、と。涙が落ちて机を濡らす。
「いくらだ……?」
「え……」
白月さんは僕の声に反応して顔を上げる。
切れ長の瞳は濡れそぼり、顔面には困惑の色。
間抜けな掠れた声を漏らした。
「だから、いくら必要なの?」
僕は再度聞き返す。
「あの家を買い戻すにはどれくらいあれば足りるのか、知らないってわけじゃないんでしょ?」
仮にも僕らはパーティだ。
「それくらい教えてよ。じゃないと手伝おうにも手伝えないだろ」
僕だって探索者を始めて日が浅い。
だから、家を買えるだけのお金を貸してやることは残念ながら出来ない。
でも、ダンジョンで一緒に戦うことでその一助くらいはしてあげたい。
そう思った。
白月さんは言いにくそうにモゴモゴと口をまごつかせる。
お金の、しかもプライベートな話だ。
切り出しにくいのは当然ともいえる。
「――億円」
「え……?」
ぼそり、と小さな声で呟かれた。
しかし、その声は僕の耳には届かなかった。
「だから……三億円、です」
もう一度。
今度はハッキリと聞こえた。
だが、僕は自分の耳を疑った。
三億? そんなに必要なのか、と。
「難しい、ですよね……やっぱり」
俺が険しい顔を見せたからだろう、白月さんは悲しそうに唇を噛んだ。
「いや……可能性はないこともない」
もっとも、ほとんど無いようなものだが。
「ダンジョンには、魔物が落とすドロップ品以外にも稀に出現する宝箱がある。それは知っているよね?」
俺も、そして白月さんも宝箱からスキルカードを手に入れたのだから。
「はい、それはもちろん」
僕は彼女が頷いたのを確認して続ける。
「宝箱にはスキルカードの他にも、希少なアイテムや巨大な魔石など、高値で取引される物品が出てくることがあるらしいんだ。運が良ければ、一つ売るだけで億単位の金が動く」
「それが手に入れば……」
「ああ、あの家だって買い戻せるはずだ」
それだけの価値はある。
そもそも、僕たちが手に入れたスキルカードだって売れば信じられないくらいの値段になったはずなんだ。
まあ、スキルカードは一度名前を声に出して読んでしまうと自動的に使ったことになってしまうから、売るというのは難しかったのだが。
白月さんの目に希望の光が灯った気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます