パーティ結成初日

 翌日、朝七時三十分、ギルド会館前。


 あれから水穂さんに提示された条件に渋々ながらも従うことになった白月さんはこの時間、この場所に集合するようにと僕へ言い渡すと、すぐに自室に引きこもってしまった。


 そのあとは僕も別に長居するつもりもなかったのですぐにお暇させてもらったが、水穂さんには携帯の番号とメールアドレスを聞かれて半強制的に交換することになった。


 なんでも、白月さんが一人でダンジョンに行こうとしたり無茶したときには連絡して欲しいとのこと。


 僕自身、一人でダンジョンを攻略するよりも二人の方が効率が良いのかもしれないとは思っていただけに渡りに船な状況ではあるのだけど、嫌々同じパーティを組むというのも違う気がする。


 そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながら、僕は一人朝早くから、ギラギラと輝く太陽の下で目的の人物の到着を待っていた。


 現在の時間は指定された時刻のちょうど十分前の七時二十分。


 僕は日本人気質というのかどうかは分からないがこういった集合時には三十分前にはついていないと気が済まないので、この時間についてしまった。


 まだ時間はあるので遅いだなどという愚痴を漏らすことはないが、いかんせん暑い。


 もう夏を迎えた頃というのもあってか、朝にもかかわらず気温が高い高い。


「確か今日の最高気温は28度だったっけ?」


 ポツリと独り言を呟いては一人でゲンナリとした表情を浮かべる。


 話は変わるが、探索者はダンジョンに入るときは必ず、魔物と戦う際に体をキッチリと守ってくれるような頑丈な服を着るというのが普通だ。


 僕もまたその例に漏れず頑丈な皮鎧を身に纏っていた。だがしかし、夏にこれを着るのは罰ゲームともいえるのだ。


 何しろ通気性は最悪だし鎧の中で汗が蒸れて気持ち悪い上、着るのがめんどくさいものだから気軽に脱ぐこともできない。

 そのせいで体の汗を拭うことだって出来ないという悪循環。


 しかも背中に背負った槍はずっしりとした重さを感じさせ、自らの体を敵から守るための武器だというのに、今に限っては僕の体を縛る鎖のように錯覚してしまう。


 滴る汗とウザったい日照りに耐えていると背後から聞き覚えのある声が耳に届いた。


「おはようございます。それと、お待たせしてしまったようで申し訳ありません」


 その声に反応して背後を振り返るとそこには僕と同じような格好をした白月さんの姿があった。


 走ってきたのか、若干息が上がって額には薄っすらとだが汗が滲んで濡羽色の髪はしっとりとした水気を含みどこか色気を含んでいるようにも感じられる。

 また、彼女の腰には昨日と同様に短剣が携えられており、それ以外の武器は見当たらない。

 まあ、攻撃手段はあの魔術が主で短剣は護身用ってところかな。


「あ、おはようございます。大丈夫ですよ、僕が勝手に早くきただけなので」


 考察もそこそこに僕は白月さんに挨拶を返す。

 悪印象を与えないようにしっかりとした対応をしたつもりだったが、お互いにまだ距離感をつかめず、会話は続かない。

 タメ口を聞けるほどの仲でもないので敬語で喋るのがデフォになりつつあった。


 それで何か支障があるか、と言われたら別にないが、それでも同じパーティを組む以上ある程度気の許せる相手の方がいいはずだ。

 ならば、ここは男である僕が先に踏み出すべきだろう。


「え、えっと……それじゃあ行こっか!」

「ええ、はい」


 僕は無理矢理に笑って空気を和ませようとするが、彼女からの返答は素っ気ないもので心を開いてくれていないのだということがはっきりと感じ取れる。


 正直言って泣きそう。

 僕の豆腐メンタルがズタボロになって、終いには液状にまで崩れ去りそう……ってそれ豆乳じゃん。


 気を紛らわせる為にくだらないことを胸の内で考える。


 しかし悲しきかな、ダンジョンに向かう途中、僕らの間での会話は一切ない。


 僕が話しかけようにも白月さんは興味なしとばかりに黙々と先頭を歩く。

 全く、昨日のしおらしかった彼女はどこにいったのだろうか。


 そう頭を悩ますも、人とのコミュニケーションが元々そこまで得意ではない僕にとって、沈黙の状態異常でもかかっているのかとばかりに何も喋らないこの女の子に確実に盛り上がる話を振るなんて高度なことを出来るはずもなく、そんなこんなでいつのまにか僕たちはダンジョンの門前まで到着していた。


 しかし、ここでようやっと白月さんが口を開いた。


「それじゃあ、私は私で魔物を狩っているのでそちらも好きにしてくださって構いませんよ」

「は……?」


 何を言っているのだろうか、この子は。

 僕は昨日の今日でもう約束を破ろうとしているのか? と彼女の正気を疑って目を見開いた。

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