決着

 黒ゴブリンが持つ紅の瞳による恐慌化に“適応”した僕は今、ひたすら攻撃を受けては反撃、攻撃を受けては反撃を繰り返している。


 黒ゴブリンの大剣による攻撃は普通、物凄い脅威であるはずなのだが、僕としてはそうでもない。


 なぜかというとまあ……“液状化”の能力を使って物理攻撃を無効にできるからなのだが、そのせいで本当に一方的な戦いになってしまっている。


 僕は攻撃が全く効かず、相手には確実に攻撃が入る。距離を取ろうにも粘着質に追いかけてきて、それを振り払おうとしても液体化して攻撃を無効化。向こうからしたら悪夢のように感じてしまうことだろう。僕だったら泣きが入ってしまうね。


 それでも黒ゴブリンは必死に抵抗を続けている。身の丈ほどの大剣をブンブン振り回してなんとか僕に攻撃を加えようとするが、やはりそれは叶わない。しばらくすると疲れで攻撃の手は減っていく。あれだけの重量を誇る大剣を残りの体力も考えずに振り回しているのだから無理もない。


 僕はそこでこれ幸いにと一気に攻め立てる。

 唯一の攻撃手段であり、生命線である槍をもって突いて、斬って、払って、薙いで、叩く。怒涛の連撃に黒ゴブリンはなされるがまま、もう大剣を振るう体力もなく、ボロボロに傷ついた両腕でなんとか致命傷を避けるので精一杯。自慢の大剣も使い物にならず、地面に置き捨てられている。


 今は戦況的に僕が圧倒的有利。でも、なかなか決め手が見つからない。どうしたものかと思考に耽りながら淡々と攻撃を加えていると背後から風切り音が聞こえてきた。


 次の瞬間、黒ゴブリンの胴体には一本の矢が生えていた。


「白月さん!?」


 矢を放ったのは源と一緒に離れているように命令したはずの白月さんだった。


 黒ゴブリンは視線を彼女に向けるとニヤリと口角を上げた。


 その時、僕はゾクリと嫌な予感を感じ取った。


「白月さん! 逃げて!!」


 その声と共に傷だらけの体で黒ゴブリンが走り出した。僕もそれを追うように疾駆するが体に傷はなくとも、もう残りの体力が少なくなっていたため思ったようにスピードが出ない。


 黒ゴブリンが迫り、彼女の顔にも焦りが出る。逃げるにも逃げ場はない為、進行を妨げるように矢を射る。だが、黒ゴブリンにとっては今更どうとも感じないような小さな痛み。彼女の攻撃を意に介すことなく手を伸ばした。


 黒ゴブリンによる強烈な拳打が放たれ、もうダメかと思った矢先、横から一つの人影が乱入。


「お、ラァァァァァ!!」


 気迫のこもった叫びと共に大槌が黒ゴブリンの鳩尾へと叩き込まれた。


「――源!」


 なんとその人影はさっきまで気を失っていた筈の源だった。彼の振るった大槌による一撃によって膝をつく黒ゴブリンだったが、目の光はまだ消えていない。ギラギラと光るその瞳からはなにかを企てているかのような気配を感じる。


 源と黒ゴブリンは互いに睨みを効かせ、相対する。その雰囲気はさながらヤンキー同士のタイマン。何者も妨害することを許さない。そんな空気を醸し出している。


 だが、僕はそれを敢えて無視する。二人の真剣勝負に無粋にも水を差す。


 黒ゴブリンの視線が源に集中している今、トドメを刺す絶好のチャンス。背後から出来うる限りの気配を消し、忍び寄る。


 そして心臓への渾身の一突き。僕のことを完全に頭から消し去っていた黒ゴブリンはこの攻撃に全く気づくことなく貫かれる。


 血が逆流し、口から吐血。ドバドバと止めどなく溢れ出し、そして最後は呆気なく、その生命の灯火は終わりの時を迎えた。


 死体は黒い靄となって消え去り、その後には魔石と黒ゴブリンの大剣。そして、一本の黒い角が落ちているだけ。


「死んだ……のか?」


 ポツリと呟いたのは槌を構えたまま固まる源。一対一の勝負を邪魔されて不機嫌にでもなるかと思ったが、その顔にあったのは安堵の表情。


「ごめん、源。横から手柄を奪うみたいになっちゃって」


 別に悪いとは思っていなかったが、一応の謝罪を入れておく。


「いや、いいさ。あのままやってても俺が勝てるかどうかわかんなかったしな。……それよりもお前、大丈夫か。結構攻撃当たってたろ?」


 源の方も大して気にした様子もなく、あっけらかんとしている。しかも、僕の体の心配までしてくれるとは、案外余裕があるな。にしても、どう答えるのが正解なんだろうか。“液状化”の能力を使っていたから体は無事だが、服はそうもいかずボロボロに。それを見て心配しているのだろうが……


 そうこう悩んでいるうちに熊野さんが大量の黒い靄に包まれて現れた。


「おや、こっちはもう終わっていましたか」


 こちらを見て意外そうな声を上げた。全体的な魔物の量は熊野さんよりも少なかったもののダンジョン初心者である僕たちが全部を倒しきれるとは思っていなかったみたいだ。


「熊野さん、この後はどうするんですか?」


 疲労困憊の僕と源の代わりに白月さんが疑問を呈する。熊野さんは一瞬思案げな表情を浮かべると、口を開いた。


「そうですね……まずはドロップ品を拾ってしまいましょう。その後に話をしますから」


 その一声でドロップ品の回収作業が始まったのだが、僕は熊野さんに名指しで呼び止められてダンジョンを出た後に話があると言われた。一体どんなことを言われるやら、ちょっと怖い。


 大量のドロップアイテムを全て回収し終わると熊野さんはそれらを全て小さなバックに収納してみせた。これには僕たち全員が驚愕。

 どんな仕組みかと問うが、「これは魔道具なんですけど、詳しい仕組みはわかってないんです」とのこと。魔道具ってスゲー。魔道具欲しいって話になった訳だが熊野さんの話によると魔道具はダンジョンの十階層以下では滅多に手に入らないらしい。


 そして話はこのダンジョンに入った他のチームのことに変わったのだが。


「さっき無線で連絡が来ましたよ。怪我を負った人はいましたが死者はなし。重傷者もでていないそうです」


 この報告に僕たち一同も一安心。そして熊野さんの案内の元ダンジョンを出たのだが、外ではもう日が暮れていた。


 本来ならこの時間に面接をやらなければいけなかったらしいが、明日に延期となったようでここで解散と言われた。といっても僕は熊野さんの呼び止められて、話をしなければいけないようだが。


「さて、柊木さん。私からの話ですが、もう分かっているでしょうが、私の口から言わせていただきます。――貴方は以前、無断でダンジョンに入ったことがありますね?」


「……はい」


 確信めいたその言葉を僕は反論することなく受け止める。そのせいで、もしかしたら僕は探索者になれなくなるかもしれない。でも多分反論したところで意味はない。ここまで言い切るということは恐らく証拠は揃っている。それなら下手に誤魔化すよりも素直に認めた方が罪は軽くなるというものだろう。

 僕はどんな罰が下されるのかと戦々恐々として目を瞑る。


「その時、何かスキルを手に入れましたよね?」


「……はい」


 さらに質問が加わる。


「どんなスキルか教えてもらうことは出来ますか?」


「え? あ、はい。あの……何か罰則があるんじゃ?」


 中々罰を下そうとしない熊野さんの顔色を伺いつつ疑問を口にする。だが、その返答は僕にとって最高であり、予想外なものだった。


「いや、特に罰はありませんよ? そんなことをしたら世界中で物凄い数の人が罰せられてニュースにでもなっているところです。まあでも本当なら厳重注意ものですけどね」


 「今回は特別です」と朗らかに笑う熊野さんとは正反対に僕の顔は安堵と疲労の色で染まる。ホッと一息つくと、熊野さんが詰め寄ってきてまた同じ質問を繰り返す。


「それで、どんなスキル何ですか!?」


 以前無断でダンジョンに入ったことが罰せられないと分かり、スキルについて教えることも強制ではないとわかったのだが、興奮気味に顔を赤らめている彼に僕は教えないとは言えず、少しだけボカして伝えたのだがそれでも【魔魂簒奪】のスキルは破格の性能であったらしく、延々と話を聞かされて解放されたのはそれから二時間が経った頃だった。


「す、すみません。つい興奮してしまって」


 なんでも熊野さんはスキルマニアでレアなスキルの話になると興奮してしまうらしい。落ち着いた彼にしては意外な一面だ。


「明日は十時に指定の場所に来てください。そこで面接をいたしますので。まあ、柊木さんに限ってはもう合格は決まったようなものですから緊張しなくてもいいと思いますよ」


 どうやら僕の手に入れたスキルは彼曰く、とんでもないものらしい。


「僕はともかくとして、あの二人は大丈夫かな……」


 僕はさっきまで共闘していた二人に思いを馳せた。

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