適応
「ハァァァァ!!」
裂帛の気合いと共に突き出される槍。一時間も前の僕では出せないような速さで繰り出されるその突きはしかし、相対する黒肌のゴブリンにとっては有象無象の攻撃とさしたる違いはなく、避けることも逸らすこともせずただその身で受け止める。
「ゲゲェ」
黒ゴブリンはもうそれで終わりか? とでも言いたげな表情で僕を見下し、反撃の一つもしてくる気配はない。
「舐めてるのか? ムカつくな。……いや、むしろ好都合か」
その鼻っ柱僕がへし折ってやる。舐めてるといつか痛い目を見るってことを教えてあげよう。
もう一度、槍を握る。今度はもっと強く、柄を離してしまわぬように。
「次はさっきみたいにいくと思うな」
ボソッと呟き、疾駆する。一度離した距離を詰め、槍を振るう。突くのではなく、振るう。自身の持てる力の全てを使って。
狙いは大剣を持つ右の腕。出来ることなら顔に当てられればいいのだろうが、流石にそれは難しい。
あらゆる生物の急所ともいえる顔面はいくら頑丈な黒ゴブリンであっても警戒を消せない部位であるはずだ。寧ろそこを狙いに来たところをカウンター、という策があってもおかしくない。
であれば、僕が攻撃の要となる腕を第一に狙うのは必然。
仁王立ちしたまま防御の姿勢もとらない黒ゴブリンの腕には僕の振るった槍の穂先が食い込み、血が溢れ出す。
「グギャアァァァァァ!!」
黒ゴブリンは予想だにしない痛みに痛烈な悲鳴をあげ、左腕で裂傷のできた右腕を押さえる。だが、それだけで出血が収まるわけもなく、僕に対する隙を与えるだけ。
この絶好の隙、逃すものか。
僕は更なる追撃を加えん、と槍を構える。いまなら、さっきは躊躇した顔面への攻撃だって届くかもしれない。
苦悶の表情を浮かべてのたうちまわる黒ゴブリンを一瞥。死角である背後に回り込む。
未だに黒ゴブリンはどうにか血を止めようと必死で腕を押さえつけるばかりで僕の方には目もくれない。
僕はガラ空きの背面からさっきの攻撃と同じ要領で槍を大きく振るう。今度は脳天をめがけて振り下ろす。
威力は充分。狙いも良い。ゴブリンも気づいていない。
――勝った!
そう思ったときだった。
黒ゴブリンはグルリ、と不気味な笑みを浮かべて首をこちらへと反転させた。
「――なっ!?」
思わず僕の口から驚愕の声が漏れて出る。しかし、今更攻撃は止めることも出来ずそのまま槍は振り下ろされる。そして余裕綽々とその槍を右手・・で受け止めた。
「き、気づいていやがったのか……」
それに、まだ右手からは血が垂れ流されたままだが、痛みを感じている様子がない。つまり演技だったってことだ。
「やるじゃないか……ゴブリンのくせに」
黒ゴブリンはゲヒッゲヒッと下品に笑った後、その紅瞳を更に怪しく光らせた。
「な、え……あ……」
すると次の瞬間、僕の体に信じられないくらいの恐怖、そして圧迫感が襲いかかった。この心臓を握られているかのような恐怖はあの日、初めてゴブリンに襲われた時とも比較にならない。
体が全くいうことを聞いてくれない。それどころか、僕はいつのまにか腰を抜かして地面にへたり込んでしまっていた。
黒ゴブリンはそんな僕に満足したのかニタニタと笑いながら歩みを進める。僕へと向かって。
「く、クソッ! 動け! 動けよ!」
脚を叩いて喝を入れても僕の下半身は思い通りに動いてくれない。
そうやって難渋していると黒ゴブリンは大剣を担ぎ、紅瞳を輝かせ、もう僕の目の前まで迫ってきていた。
その瞳に優しさはない。あるのはただただ狂気、狂乱に染まった狂人の色。
肩に担いだ大剣を少しの容赦もなく大きく振りかぶり……そして遠心力を働かせ、フルスイング。
へたり込んだまま身動きの取れなくなっていた僕にそれを避ける術はなく、まともに一撃を喰らう。
予想よりも遥かに強い衝撃に僕はバトル漫画の戦闘シーンみたいに数メートルの距離を吹き飛ばされた。
けど、痛みは……少ししか感じない。これが、スライムの能力の一つ、“適応”の力だ。攻撃を受ければ受けるほど同じ攻撃は効きづらくなる。“液状化”の能力が使えれば完全に無効化も出来るのだが、さっきは恐怖で身が竦んで力を咄嗟に使うことは出来なかった。ただ、“適応”の能力は常時発動タイプのものだったのが救いだったな。
そして、一度盛大に吹き飛ばされたお陰か恐怖もスッカリ飛んで行った。
もう、僕の中に黒ゴブリンに対する恐怖は……あんまりない!
ムクリ、と何事もなかったように起き上がる僕に目を丸くする黒ゴブリン。しかし、自分の攻撃が効いていなかったのだと気づくやいなや、顔を真っ赤に染め、そして瞳もまた紅の光を放ち始める。
だが……
「もう効かねーよ」
先ほどの異常なまでの恐怖感。あれはこのゴブリンの能力の一端なのだろう。
恐らく、瞳を輝かせてそれを直視した相手に恐怖を植え付けるものなんだろうが、僕には効かない。
「それにはもう、“適応”した」
黒ゴブリンは再度、驚愕。そして困惑の表情を露わにした。
「こっからが本当の勝負だ。ワンサイドゲームにならないように精々気張れよ……ゴブリン」
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