ゴブリン
ペタッペタッと反響した足音が聞こえてくる。あの日、あの瞬間にあの怪物に遭遇した時に聞いたのと同じ音。
「――ゴブリン」
緑の肌に鋭い牙、錆びついた剣を片手に間抜け面で現れた異形の怪物。僕たちの姿を視界に入れるやいなや不敵な笑みを浮かべるが、数ではこちらが圧倒的に有利。
あの時とは状況は真逆なわけだが、だからといって油断できるわけじゃない。僕は思考を戦闘用に切り替えて槍を構える。それと同時に白月さんは弓に矢をつがえ、源は大槌をその手に、僕の前に躍り出た。
「おら、化けもんが! かかってこいや!!」
威勢の良い叫び。一瞬怯んだゴブリンだったが、すぐに正気を取り戻しプライドを刺激されたからか怒りで顔を朱に染め剣片手に源に向かって襲いくる。
だが、それを妨げるように白月さんは矢を放つ。ヒュッという風切り音と共に僕の横を通過した矢はしかしゴブリンに当たることはなく足元へ。
だが、ヒットとはならないまでもゴブリンの動きを妨害してみせただけで大金星。
このチャンスを見逃すまいと源はゴブリンに迫る。
「フンッ!」
超重量の槌を遠心力で振り回す。当たればひとたまりもないその攻撃。しかしそれが当たるかと言われればノーと言わざるを得ない。
ゴブリンだって自分で攻撃にあたりに行くほど馬鹿じゃない。すぐさま距離をとって安全を確保。
「グギギギャギギャー!!」
どういった意図があってか雄叫びをあげるゴブリン。隙だらけになった今が攻撃のチャンス。疲労で動きが鈍くなった源に代わって僕が仕掛ける。
柄を強く握りしめて、構える。ジリジリと少しずつ距離を詰め、目は絶対に逸らさない。鋭く目を光らせて間合いに入り込む。
相対するゴブリンは苛立たしげに僕を睨みつけ、錆びた鉄剣を向ける。
互いに睨みをかきせ、動きを伺う。静寂が空間を支配して数秒、動く。
先手は僕。一気に残りの距離を詰めて手に持った槍を勢いにまかせて突き出す。動きが遅れたゴブリンは躱すことも攻撃を逸らすことも出来ずその穂先が腹に突き刺さる。
血が噴出し、僕の体を赤く染める。だが、ゴブリンもここで終わらない。震える手、不安定な体勢で無理矢理にでも剣を振るう。
僕は素早く槍を引き抜いて後退。ゴブリンの攻撃は空を切った。
息も絶え絶えのゴブリン。僕がもう一度攻撃を仕掛けようとすると、背後から矢が風を切って放たれた。白月さんだ。
彼女の放った矢は綺麗な直線を描き、ゴブリンの急所、心臓を貫いた。
胸を押さえて何が起こったのか分からない、といったような困惑の表情を浮かべながらゴブリンは絶命。死体は黒い靄へと変わり、そして消滅。その後には一枚のカードが落ちていた。
「それは【鑑定板】のスキルカードだね」
いち早く言葉を発したのは熊野さん。微笑を浮かべてカードを指差す。
「そのスキルカードは初めて魔物を倒した時に必ず落ちる、謂わば確定ドロップみたいなものだね」
熊野さんが言葉を切る前に、そのカードに近づく影があった。
「トドメをさしたのは私ですから、これは私のということでいいですよね?」
真っ先にカードを手に取ったのは白月さんだった。既に【鑑定板】を持っている僕としては別に構わないのだけど、それを良しとしない人だっているわけで……
「は? 何言ってんだアンタ。さっきの戦いで一番貢献してたのは奏じゃねーか。別にアンタはトドメさしただけでそれ以外何もしてねぇだろうが!」
源がここでキレた。見た目とは裏腹に優しい性格の彼だが、さっきからの自己中心的な行動にイライラしていたようだからそれがここで爆発してしまったのだろう。
「まあまあ、源。僕は別に彼女に渡しても良いと思うよ。あれは初めて魔物を倒した人の確定ドロップらしいし、僕らの分はまた手に入るんだから……」
なんとか源を宥めるが、やはり面白くなさそうだ。不機嫌オーラが全開になって軽く白月さんを睨みつけている。
熊野さんは苦笑するだけで口を出してくる気配はない。自分たちで決めろ、ということだろう。
「それじゃあそのスキルカードは白月さんのということで」
そう言い切る前に彼女は白い光に包まれた。以前僕が体験したあの光と同じ。スキル取得時に起こる発光現象だ。
「これで、スキルを覚えたんですね……」
「ええ、そうですよ。でもそれは全員が覚えることのできる、いうなれば共通スキルみたいなものです。【鑑定板】のスキルでステータスを見てもらえればわかると思いますがスキル欄には枠が五つ並んでるいるでしょう?我々人間は普通、五つまでしかスキルを覚えることが出来ません。しかし、【鑑定板】だけは例外でスキル枠を減らすことなく覚えることが出来るんです。それに――」
説明口調で軽い講義を始める熊野さんだが、急に言葉を切って眼光鋭く遠くを見つめ始める。
「チッ……魔物です。それも、結構多い。この数だと恐らく、上位種も……」
いつになく真剣な表情を浮かべながら、無線を手に取った。
「こちら熊野、緊急事態だ。応援求む。場所は――」
すぐさま連絡を入れて応援要請を始める彼だったが、それが着くまでに生きていられるか……それ程までに大量の魔物、というよりゴブリンの群れが僕たちの視界に現れた。
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