チーム結成(仮)

「皆さん着きました。ここが、私達の部隊が担当するダンジョンです!」


 熊野さんが手で示すのは天を衝く巨大な塔。

 前に僕が入ったあの塔と外見は全く変わりはない。


「でけーなぁ」


 横から野太い声。視線を声の方に向けるとそこには子供が見たら泣いてしまうような厳つい顔面。


「源はダンジョン見るの初めてなのか?」


 でも、僕が彼の顔を見て恐ることはない。友達、なのだから。源は僕の敬語を取っ払った言葉遣いが嬉しいのか微笑を浮かべながら頷く。


「ああ、妹のことで忙しくてな。そんなにじっくり見たことはなかったんだわ」


 僕たちの会話が続くことしばらく。ザワザワと落ち着きのない雰囲気が広まり始めたところで熊野さんがパンパンと手を叩いて注目を集めた。


「えー、いまからダンジョンに入る訳ですが百余人全員が一緒に入る訳ではありません。今回、ダンジョン内では三〜六人でチームを組んで行動して貰います。また、一チームごとに我々自衛官が一人づつ付くことになっているのであしからず。それじゃあ早速チームを組んでください」


 皆、最初は戸惑ったような顔でキョロキョロと周りを見渡すだけだったが、少しずつ行動に移し始める。


「ねぇ源、僕らはどうする?」


 僕たちでチームを組むとしても、最低あと一人は必要になる訳なんだけど人が全く寄ってこない。視線は感じるんだけど、好意的なものはあまり多くない。多分源の顔が怖いから近寄りづらいんだろう。


「……すまん。俺のせいで」


「いや、別にいいよ。源のことを何も知らないくせに勝手に怖がってるだけのやつなんてこっちから願い下げだ」


 でも困った。実際のところ源の顔が怖くない人なんて極少数だろうしそんな人が僕たちとチームを組んでくれる可能性なんてないに等しい。


 どうしたものかと頭を悩ませているといつのまにかほとんどの人がチーム決めを終えたようで賑やかな談笑が聴こえてくる。


 流石に僕たちが周りから浮いているのに気づいたのか苦笑気味に熊野さんが近づいてくる。


「まだ決まらなそうですか?」


 彼も源を怖がらない数少ない人の内の一人なのだが、この人は受験者ではないからチームに組み込むことはできない。顔色の優れない僕たちに憐憫の目を向け、一瞬の逡巡の後、人の群れの中に消えていった。


 僕と源はどうしたんだ、と顔を見合わせるが、しかし今はそれどころではないと思考を切り替える。


「取り敢えず片っ端からあたってみましょう」


 まだ誰とも組んで今そうな人をターゲットにして声をかけていくが、やはりみんなビビって話も聞かずに逃げてしまう。


 もういっそ二人チームってことに出来ないか交渉しよう、という話になったところで熊野さんが戻ってきた。


「やあ、まだ決まってないみたいだね」


 言葉だけ取ると嫌味を言っているようにも見えるが当の彼にそんな意図はなく、さわやかな笑みは不快感を感じさせない。


「ちょうど良かったよ。この子も組む人がいないみたいでね、良かったらチームを組んでもらえないかな?」


 彼が指差す先には僕と同い年くらいの女の子。長めの黒髪と童顔がマッチしていてとても可愛らしく、体の方も胸の膨らみは少しばかり慎ましやかではあるものの女性らしい曲線は実に美しいといえる。……のだが、人を寄せ付けないオーラというか、自分と周りとを見えない壁で隔てているような雰囲気が感じ取れる。


「熊野さん……私は一人で十分です。チームを組む必要はありません」


 凛とした鈴のように美しい声。けれどもその口から放たれた言葉は独善的。僕らから見た第一印象は最悪と言っていい。


 眼光鋭い目で熊野さんとそして僕たちを射抜き、彼女はうんざりした表情で頑なにチームを組もうとはしない。


「うーん。でも決まりごとだからチームを組まないと失格になってしまいますよ?」


 冷たい瞳で睨まれたにも関わらず、熊野さんの態度は変わらない。子供を宥めるように優しい声音で諭す。


 失格になる。という言葉に反応してか眉間に皺がより、眉が釣り上がる。


「……それなら仕方がありません。この人達と組むことにします」


 本当に不承不承といった感じでようやく了解を出した彼女だが、果たして上手くやっていけるだろうか。


「と、取り敢えずチームを組むことになったわけだし、軽く自己紹介しておこうか?」


 気まずい雰囲気が流れる中、何か話題を出そうと必死になって考えた結果出された答えがこれだ。僕にもう少しコミュ力があればもっと違った話題も提供できたのだろうけど。でも、自己紹介というのもチームを組む上ではやっておかなければいけないものだろうし選択としては間違いではないはず。


 彼女から話し出す空気も感じられないのでまずは言い出しっぺの僕から。


「えっと、僕の名前は柊木 奏。十八歳の大学一年で趣味は絵を描くのと身体を鍛えること、ですかね?」


 中学生の自己紹介かってほど中身が無かったが、二人から特に指摘はない。気恥ずかしさを紛らわす為にサッサと源にバトンを回す。


「俺は藤堂 源之助。歳は二十三だ。趣味……って言っていいのか分からんが、何かを作るのは好きだな」


 僕の自己紹介を真似たのか源の自己紹介も僕のと同様に情報量が少ない。これじゃあ伝わることなんて名前と歳と趣味だけじゃないか。源は焦る僕に気づくことなく完全にスルー。これで自分の仕事は終わったとばかりに安堵の息を吐いてリラックス状態に突入していた。


 チラリと横に視線を向けると興味なさげに聴き流す女性。待てども待てども彼女が口を開く様子はない。


「あの……自己紹介してもらってもいいですか?」


 流石に名前も分からないとなると困る。女性と話すのがそもそも久しぶりのことなので自然と声が尻すぼみに小さくなっていく。


「自己紹介なんて、いりますか? 私は必要ないと思いますけど。どうせ今日だけのチームですし」


 僕の努力も虚しく彼女の反応は素っ気ない。どう対応するのがいいのかと思考を巡らせていると熊野さんが助け舟を出してくださった。


「自己紹介くらいはしておいた方がいいですよ。ダンジョンで咄嗟の判断が出来ないと危ないですからね。これは貴女の為でもあります。あまり協調性が無いようだと評価も下がってしまいますし」


 若干脅迫が入っていなくも無い助け舟だったが、ありがたい。どうしても探索者になりたいのか苦々しい顔をしながらも素直に従って口を切る。


「白月 冬華しろつき とうか、十八歳の大学一年生……です。これでいいですか?」


 吐き捨てるような簡潔な自己紹介だったが、最低限の情報は手に入った。


「うんうん、これで全員チームアップは済んだようだし、そろそろダンジョンに入って行きましょうか。君達のチームには私が同行するからよろしくお願いしますね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る